新近江名所圖会 第103回 鉄砲作りの地

長浜市国友町
国友の案内図

国友の案内図

 滋賀県で戦国時代といえば、安土城の織田信長が有名です。信長は火縄銃を大量に使った戦いをしたことで知られています。でもその火縄銃、どこから手に入れたのでしょうか? その多くは、近江国坂田郡国友村(現在の滋賀県長浜市国友町)からでした。
 国友は、戦国時代から昭和期初頭にかけて、全国でも有数の鉄砲の生産地でした。ここで鉄砲が作られるようになった由来は、種子島に伝わった火縄銃のうちの1挺が室町幕府将軍の足利義晴に献上されたことに始まります。国内で火縄銃を生産するという問題を解決するため、古くから製鉄・鍛冶が行われてきた国友が選ばれ、献上された火縄銃を元に職人が作ったのが始まりとされています。天文13年(1544)から生産が始まり、のちに江戸幕府とは、鉄砲を一定数供給するという密接な関係を持つようになりました。
 国友では、鉄砲は1人の職人が作るものではなく、3人による分業体制が取られていました。それは、鉄砲の銃身を作る「鍛冶師」、銃身を取り付ける銃床を作る「台師」、引き金などのカラクリ部分を作る「金具師」で、作業を分担することで効率化を図っていたようです。国友には、多い時は70軒の鍛冶屋と500人を超す職人がいましたが、海外からの新式銃の輸入やほかの生産地での大量生産などが影響し、昭和期には製造技術も失われてしまいました。ですが、その技術の一部は、長浜市で毎年4月に開催される曳山祭りに登場する山車(だし)の装飾に見ることができます。

国友鉄砲の里資料館

国友鉄砲の里資料館

 現在、国友町には「国友鉄砲の里資料館」があり、そこで国友の鉄砲作りについて学ぶことができます。館内には実物の火縄銃に触れられるコーナーもあり、私も試しに持って構えてみましたが、思っていた以上に重く、驚きました。
 そのほか、鍛冶職人の家の跡を示す碑も町のあちこちに建っていて、最盛期の街並みの様子を窺い知ることが出来ます。資料館を見学したあとは、ぜひ町中を散策してみてください!
 ちなみに、国友で鉄砲を作るにあたって、当時国内に存在していなかった「ネジ」を作る技術が開発されました。そのことから、国友は日本におけるネジ発祥の地としても知られています。

民家の横に建つ屋敷跡の碑

民家の横に建つ屋敷跡の碑

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黒壁1号館・黒壁ガラス館

黒壁1号館・黒壁ガラス館

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アクセス

公共交通機関:JR北陸本線「長浜駅」より湖国バス「国友資料館前」下車
自動車:北陸自動車道「長浜IC」より約10分

国友鉄砲の里資料館:開館時間午前9時~午後5時
年中無休(12月28日~1月3日のみ休館)
入館料 一般300円(240円) 小・中生150円(120円) (※(  )は20人以上の団体料金)


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(合澤 哲郎)

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