新近江名所圖会 第119回 近江・食街道 -鯖街道-

(大津市・高島市)
明王院へ続く参道

明王院へ続く参道 正面に地主神社が鎮座

葛川坊村付近

葛川坊村付近

 近江は日本列島の東西を結ぶ交通の要衝として、主要交通路が整備されてきました。東海道や東山道(後の中山道)・北陸道などは、古代から整備された街道です。街道には様々な歴史があり、通称名が付いた道もたくさんあります。今回紹介しますのは、食の名が付いている街道です。
 近江で食の名が付いている街道といえば、「鯖街道」です。全国各地にはラーメン横町・ラーメン街道がありますが、地元産の食品を付けた街道には、青森県の「ノスリ街道」や富山県から長野県にかけての「鰤(ぶり)街道」、富山県の「しらす街道」、熊本県の「タコ街道」、長野県の「塩の道」などがあり、各地の産物や歴史を感じさせます。中でも鯖街道は代表格といえます。
 鯖街道には多くの道があります。最も盛んに利用されていたのは現在の国道303号・367号とほぼ平行する若狭街道で、京の都と若狭国を結ぶ街道です。福井県小浜市から熊川宿を経由して滋賀県高島市保坂で九里半越えと分かれ、朽木・葛川を通って花折峠の難所を越え、大津市途中をへて京都市大原を通り、出町柳に至るルートです。若狭で陸揚げされた水産物を都へ運ぶ物流街道ですが、特に鯖が多かったことから鯖街道と呼ばれました。鯖に塩をまぶして京の都に着く頃には良い塩加減になっていたといわれています。運搬人夫達が「京は遠くても十八里」と唄いながら、夜通し運んだそうです。約72kmを2日で運んでいました。今では車で約2時間というところでしょう。
 そのほか、高島市針畑を経て花脊峠を越え、京都の鞍馬から賀茂川を下り出町柳に出る道があります。最短距離で結ばれていますが、峠をいくつも超えるルートです。また、若狭から琵琶湖に出るルートもあります。マキノ町に至る栗柄越えと勝野津・古津・今津に至る道があり、湖上ないし西近江路を南下し、坂本・大津から京に入ります。さらに、福井県高浜町から丹波高地を越える周山街道を利用するルートで「西の鯖街道」と呼ばれています。

葛川坊村付近(V地谷遠景)

葛川坊村付近(V地谷遠景)

明王院境内

明王院境内

 若狭街道は京の都と北陸を結ぶ近道として古くから開けていました。若狭国は若狭湾一帯に製塩遺跡が多数見られることからもわかるように調として塩を献納し、絶好の漁場により贄(供御)貢進の国となりました。それらを運搬する街道が整備されていきます。主要ルートは九里半越えを琵琶湖に出て、勝野津か古津から湖上ないし西近江路を南下する北陸道の利用といえます。その後、新たに若狭街道も開かれます。東大寺造営に際し、良質の木材が採れる朽木谷に高島杣が設けられ、安曇川を筏が下りました。各地に筏乗りが信仰した思子淵(しこぶち)神社が鎮座しています。杣人は安曇川をさらに遡り、葛川谷にも入っていたようで、安曇川を下り琵琶湖と結ぶ道がまずできたといえます。
 花折峠を越える道は、文献では葛川の名瀑に不動明王を感得すべく貞観元年(859)に相応和尚が葛川谷に入ったのが最初といわれています。相応によって天台回峰行の修験道場となる葛川息障明王院が創建されて以降、参籠道は整備され、高僧や足利将軍など多くの人々が京の都から花折峠越えで参籠しています(『明王院縁起』)。今も回峰行が続けられている明王院は、建物の保存修理に伴って当協会で発掘調査を行ったところ、本堂などの下から平安時代の遺構や遺物が見つかりました。寺院は境内を含めて重要文化財に指定されています。なお、高島市朽木宮前坊にある邇々杵(ににぎ)神社の境内には三重の多宝塔がありますが、この多宝塔は相応が貞観元年に神宮寺を創立したことに関係するといわれていることから(『神宮寺縁起』)、平安時代の初めには安曇川沿いの道は開けていたといえます。また、『文徳実録』によれば、天安元年(857)に逢坂と大石・竜華(りゅうげ:途中付近)に新関が設置されています。この記事から、平安京と和邇泊を結ぶだけでなく、若狭方面から竜華に通じる街道が整備され始めたことをうかがうこともできます。
 時代は下っての承久の乱(承久3年(1221))の後、佐々木氏の庶流、義綱が朽木氏を名乗って朽木の野尻に館を構え、以降、明治維新まで若狭街道をおさえています。その朽木氏を頼り将軍足利義晴・義輝が再々のがれて朽木館に身を潜めています。その時、彼らを慰めるために作庭されたのが興聖寺の旧秀隣寺庭園(国名勝)といわれています。義晴らがのがれてきた道は琵琶湖経由だったのか若狭街道だったのかは定かではありませんが、元亀元年(1570)に、織田信長が朝倉攻略に際し背後の浅井氏の挙兵により急きょ帰京したとき、朽木元綱が朽木谷を先導したのがこの街道といわれています。鯖街道は「回峰行の道」・「戦国の道」でもあったのです。
 ところで、現在の食の街道はどうでしょう。魚介類も海外からの輸入が増えています。特に鯖はノルウェーから空輸され、加工品は中国などから輸入されています。塩での保存ではなく冷凍で送られる、現代版鯖街道といえるのではないでしょうか。
近年、各地の街道では、地域の活性化として観光誘致や「道の駅」を設置し、特産品の販売などに取り組まれています。鯖街道にも鯖寿司屋や蕎麦屋が店を連ねています。なお、鯖の保存食品に「ふなずし」に似た塩と米飯で醗酵させた「鯖のなれずし」があります。肉厚の鯖寿司となれずし、とっても美味です。
 なお、比良山地から丹波山地に続く約14.342haが「朽木・葛川県立自然公園」に指定され、山里の暮らしや季節を感じる自然が保護され、生物相にもよく反映されています。

(葛野 泰樹)

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