新近江名所圖会 第12回 伏龍祠(ふくりゅうし)―龍?のいた村―

大津市伊香立南庄町
伏龍祠

伏龍祠

 江戸時代の文化元年(1804)11月8日南庄村(大津市伊香立南庄町)の農民の市郎兵衛さんが同村の奥谷を開墾中に龍の骨を掘り当てました。そして、近隣から見学者が押しかけ、聖代の瑞祥であると評判になりました。困った市郎兵衛さんは、領主である膳所藩主本田康元に龍の骨を献上したところ、褒美に「龍」の姓とその土地を賜り、田四畝余の税を免除されました。龍氏は竜ケ谷と呼ばれるようになったその地に、記念の「伏龍祠」を建立しました。その後、龍の骨は本田家から皇室に献上され、現在は国立科学博物館に所蔵されています。
 この龍の骨は明治初年に来日したドイツ人科学者エドモンド・ナウマンの鑑定で、約50万年前のトウヨウゾウの下顎骨であることが判明しました。
 琵琶湖は今からおよそ400万年以前に伊賀地方にその原型ができ「伊賀湖」「蒲生湖」「堅田湖」と呼ばれる湖を経て、およそ40万年前に現在の琵琶湖の原型ができたとされています。この古琵琶湖が移動中にできた堆積層は古琵琶湖層群と呼ばれ、この層が信楽焼の良質の陶土をもたらしました。古琵琶湖層は琵琶湖西岸の比叡山山麓の仰木から真野付近で見かけることができ、南庄の龍の骨=トウヨウゾウの化石はこの層から出土しました。周辺からは、これまでにシガゾウの歯や鳥の足跡化石などたくさん見つかっており、これらは、滋賀県立琵琶湖博物館で見学することができます。

記念碑

記念碑

 伏龍祠には、南庄のバス停から集落を山麓方向に向けて進みます。民家が切れると突然棚田が開け、目の前には目に鮮やかな朱塗りの欄干が飛び込んできます。その橋は融神社の参道につながっています。伏龍祠にはその橋を渡らず、左手の岡本川に沿って農道を進みます。しばらく農道を上って行くと、ほ場整備された棚田の一角に白い石の鳥居と小さな祠が残された一画があります。敷地内には、伏龍祠の由来や、「龍の骨」の発見の由来を記した石碑も遺されています。現在も続く龍家が、祖先の業績を大切に護っている様子が窺えます。

おすすめPoint

ツルの足跡発見の地

ツルの足跡発見の地

 祠からやや下った左手の山裾に古琵琶湖層の露頭する地点があり、1本の木碑が立っています。その木碑には「平成9年10月にこの地でツルの足跡化石が発見された」との旨が記されています。今はイノシシの足跡で踏み荒らされていますが、みなさんも大津北郊の丘陵地帯を歩くと、50万年前の化石を見つけることができるかもしれません。

周辺のおすすめ情報

融神社(とおるじんじゃ)

融神社

融神社


 伏龍祠に向かう途中の赤い欄干の橋を渡ると融神社があります。この地に源融(みなもとのとおる)の荘園があったとされています。源氏物語の光源氏のモデルの一人といわれる源融を祀る全国唯一の神社で、その母の大原全子とともに祀られています。源氏物語千年紀で静かなブームとなっています。

馬蹄形の棚田

馬蹄形棚田

馬蹄形棚田


 伏龍祠の脇の農道から県道を横切り左手の農道に道を替え、登りきって尾根に出ると眼下に南湖が一望できます。尾根のすぐ下に等高線に沿って作られた馬蹄形をした仰木の棚田を見ることができます。先人の「耕して天にいたる」苦労がしのばれます。

アクセス

【公共交通機関】JR湖西線堅田駅下車 江若バス葛川線生津行き南庄下車 徒歩15分
【車】 湖西バイパス真野IC下車10分、国道477号南庄交差点を左折、駐車場無


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(濱 修)

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