新近江名所圖会 第124回 重文に指定された中世文書 -大嶋神社・奥津嶋神社-

(近江八幡市北津田)
社殿

社殿

 仕事がら、県内各地の発掘調査現場を担当しますので、数か月から、長いときには数年にわたり、一つの現場に通うことになります。自分が担当した現場には愛着がわきますし、担当した遺跡を取り巻く自然環境や歴史的環境―それらをひっくるめて「地域」といってよいかもしれません―にも、やはり思い入れが出てくるようです。ですので、現場が終了し、撤収するころには、寂しさを感じることもあります。
 今年度は、近江八幡市島町の島遺跡の調査を担当しています。丘陵の斜面を調査しているのですが、斜面に設置した休憩用のテントから見下ろすと、眼下にはひろびろとした水田が広がっています。調査を始めたのは田植えの頃でした。いつまで続くのかと思った猛暑の日々も過ぎ去り、今は稲刈りも終わって、もみ殻を焼く煙のにおいが漂っています。あらためて季節の移ろいを感じるこの頃です。

参道の社号標(桂太郎の揮毫による)

参道の社号標(桂太郎の揮毫による)

 今回は島遺跡の近くにある大嶋神社・奥津嶋神社をご紹介しようと思います。この大嶋神社・奥津嶋神社は近江八幡市北津田にあります。この付近は、今でこそ近江八幡市街の北方と地続きの独立丘陵といった様をなしていますが、「島」という地名のとおり、古くはこの丘陵部は琵琶湖に浮かぶ「島」でした。
 さて、両社の成立年代については、両社ともに平安時代の文献である『延喜式』に記された「式内社」であることから、少なくとも平安時代には確実に成立していたことがわかりますし、神社の由緒書によると、第13代成務天皇が滋賀髙穴穂宮で即位したさいに、武内宿祢(たけのうちのすくね)に祀らしめたと伝えられています。祭神として、大嶋神社は大国主命、奥津嶋神社は奥津嶋比賣命がそれぞれお祀りされています。両社は、本来別のところに鎮座されていたようですが、後述する両社に伝わる古文書のなかにある永仁6年(1298)の起請文には「両社」と記されていたり、延文5年(1360)の寄進状には大島郷奥島庄内の田地を両社の神供料として寄進すると記されていたりしているので、鎌倉時代頃には両社がセットに扱われるようになっていた、すなわち一処にあわせて祀られるようになった可能性があります。

大嶋・奥津嶋神社参道入口

大嶋・奥津嶋神社参道入口

 湖岸道路の「渡会橋北詰」交差点を北に曲がり、集落内の細い道を進むとすぐに神社の鳥居が見えてきます。鳥居をくぐりぬけ、参道を進むと右手に社殿が見えます。瑞垣の中には、両社の二つの本殿がみえます。境内は美しく掃き清められ、地元の方々の厚い信仰心がうかがわれました。

おすすめPoint

伝えられた古文書―大島、奥津島神社文書

 これら両社は、中世史研究の世界ではたいへん有名なのです。というのも、両社に伝えられた古文書が、琵琶湖沿いの中世の村々の実態を知るうえでの一級史料として評価されているからです。これらの古文書は、仁治2年(1241)から近世半ばにいたる222通からなる膨大なものです。そのなかには、惣村とよばれる中世の自治的な村落組織や、鎮守や氏神である神社の祭祀に携わる村落内の組織(宮座)に関わる文書などがあります。なかでも、琵琶湖に浮かぶ島という立地を活かし、平安時代以降、奥島庄として比叡山の山門支配下の荘園として、山野や湖水を生活の場として活動していたことから、漁業をめぐる住民と山門荘官との確執を伝える文書、エリの設置をめぐり漁業権を近隣の集落と争ったさいに記された相論関係文書など、琵琶湖岸の村落の実態を示す文書が含まれていることが特徴です。このように、鎌倉時代以降、琵琶湖岸の特定の村落集団が伝え残した古文書としてきわめて豊かな内容をもつ史料群であり、その重要性から、昭和62年(1987)に重要文化財に指定されました。なお、これらの古文書は、現在滋賀大学経済学部附属史料館に収蔵されています。

むべ(郁子・薁)

むべの棚

むべの棚

 この両社には、由緒深い果物があります。それが「むべ」です。この「むべ」とのかかわりについて、次のように伝承されています。
 その昔、天智天皇の時代に、天皇が蒲生野に御遊猟に出かけられたさい、この奥島へ立ち寄られました。そこで、元気な老夫婦に出会い、その長寿の秘訣を尋ねたところ、老夫婦はこの地に産するこの果物を食べていますと答えた。天皇は、むべなるかな(それはもっともなことだ)、そのような霊果は毎年貢進せよ、とおっしゃいました。それ以降、この果物を「むべ」とよび、例年11月に宮中へ献上するようになったといいます。現在も、天智天皇をお祀りする近江神宮に献上されているそうです。

むべの実

むべの実

 ちなみに、「むべ」は、アケビ科ムベ属の常緑つる性木本植物で、「郁子」・「薁」などと表記します。現在も、境内には「むべ」が育てられています。私がお参りにいったときには、ちょうど棚に「むべ」の実がなっているのをみることができました。

周辺のおすすめ情報

 大島、奥津島神社の近くには、西国三十三箇所第三十一番札所である長命寺があります。さらに、湖岸道路の渡会橋北詰交差点を近江八幡市街の方へ曲がり、さらに円山町交差点を右折すると、西の湖沿いの道路に出ます。この道路からは、西の湖の湖岸沿いに見事な葦原が広がっているのをみることができます。さらに進むと、30分もかからず特別史跡安土城址や滋賀県立安土城考古博物館へ行くことができます。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線近江八幡駅より近江鉄道バス長命寺線に乗車15分、「度会」あるいは「北津田」下車徒歩5分。
【自家用車】湖岸道路「渡会橋北詰」交差点を北に曲がってすぐ

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(辻川哲朗)

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