新近江名所圖会 第181回 村境の魔除け(まよけ)-御霊神社にのこる勧請縄(かんじょうなわ)-

 壬申の乱の舞台となった「瀬田の唐橋」の近くに、壬申の乱とゆかりのある二社の御霊神社があります。いずれも乱に敗れた大友皇子を祀った神社で、大津市鳥居川町の御霊神社と北大路の御霊神社です。

地元の方々によって作られる小勧請縄

地元の方々によって作られる小勧請縄

 今回は、後者の御霊神社で行われている年頭行事の「勧請縄」について紹介します。
 神社の創祀年代は不詳で、幾多の戦乱によって社殿や古文書などは失われていますが、北大路周辺の旧五町の鎮守として地元の方々に親しまれています。
 「勧請縄」というのは、自分達の村の中の「安全」と「清浄」とをひたすら願い、伝えてきた村境の行事です。悪霊、疫病や災害は村の外の異界から、普段村人が行き来する道から入ってくると考えられていました。だから、村の出入り口に「勧請縄」を張ることで、神聖な場所(村の中)と不浄な外界とを区別し、わざわいの神を追い払い、悪霊・疫病や災害が村に入ってくることを阻止できると考えたわけです。
 北大路の御霊神社では、年末から年始にかけて、町民たちによって二本の大きな勧請縄が作られます。主縄の中央をこぶ状に太くし、そこに榊(さかき)を編みこんだ小さな縄(小勧請縄)を一年の月の数、平年は十二本(閏年は十三本)吊るします。
参道上に吊るされた勧請縄(鳥居の内側)

参道上に吊るされた勧請縄(鳥居の内側)

 二本の内の一本は、神社の参道上の高い位置に二本の大木をつなぐように吊るされます。もう1本は、村の南の出入り口の道(村境にあたる隣の旧国分村につながる道)を横切るように、やはり二本の大木の間に吊るされます。後者は「道切り」と呼ばれます(現在は専用の柱が設置されています)。
村境に吊るされた勧請縄

村境に吊るされた勧請縄

 この行事は、北大路旧五町が持ち回りで取り仕切り、最後に神事に参加したもの一同で神酒を戴き神饌を食する行事である直会(なおらい)をもってすべてが終わります(1月9日頃)。この伝統的な行事は、地元の方々によって大切に継承されているのです。
 滋賀県の湖南・湖東地方では、このような行事が昔から「勧請縄」として伝わっています。いつ頃から始まったのかはわかりませんが、鎌倉時代頃にはその原型となる行事が行われていたと考えられています。
 これらの内容は、村境に大きな縄をつるすという点で共通しますが、その形態に画一的なものはなく、同じものはないといってよいほど村ごとに特色があります。
 なお、御霊神社の「勧請縄」は、次の年まで吊るされたままですので、神社の鳥居の内側と村境で見ることができます。
2本の勧請縄

2本の勧請縄


(吉田秀則)

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