新近江名所圖会 第184回 東海道名物「姥が餅」発祥の地を訪ねて

矢倉道標

矢倉道標

 江戸時代に街道菓子として全国的に有名だった「姥が餅」の発祥の地を訪ねて来ました。姥が餅が食べられたかつての茶店は、草津宿から大津へ約1㎞進んだ矢倉立場(立場:休息場所)にありました。船で大津の石場(いしば)へ行くための、「矢橋(やばせ)の渡し」につながる分岐点でもあったので、多くの旅人で賑わっていたようです。跡地には現在も、矢橋への行く先を示す、「矢倉道標」が残されています。
 姥が餅の起源については諸説あります。よく知られているのが、街道沿いの宿場の様子や名物・名産を紹介した『伊勢参宮名所図会』(いせさんぐうめいしょずえ)(寛政9年・1797年)に記されている由来です。ここでは、「近江源氏佐々木義賢(よしたか)の末裔が寛永年間(1624~1643年)に滅ばされた時、三歳になる遺児を守り育てるために餅を作って売った。」と記されています。

おすすめPoint

現在のうばがもち

現在のうばがもち

歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』(万延元年・1860年)には、「姥が餅」として、整った腰高の形をした上製と、上製の三分の一ほどの高さで、ぞんざいに丸めたような仕上がりの2種類が描かれています。上製は「一盆(5個)五十銭」、下製は「一盆(5個)十五銭」だったそうです。
 戦後に復活した「うばがもちや本店」は、国道1号線沿いにあります。ここで販売している「うばがもち」は、求肥を漉し餡で包み、てっぺんに白い練りきりを添えた愛らしい姿をしています。小ぶりで、甘さは控えめに作られています。

周辺のおすすめ情報

追分道標

追分道標
(中山道との分岐点にあります。)

 矢倉道標から、東海道沿いに追分道標を目指して20分ほど歩くと、旧「草津川の渡し場」に着きます。旧草津川は土砂の堆積が多く、江戸時代後期頃には天井川になっていたようで、水の流れが少ない平常時には簡単な仮橋が掛けられていました。その様子は、渓斎英泉(けいさいえいせん)・歌川広重の描いた『木曾街道六十九次』(天保6~8年・1835~1837年)に見ることができます。現在は、草津市観光ボランティアガイド協会により、渡し場に架けられた仮橋が復元されています(渡たることもできます。)
再現された「草津川の渡し場」

再現された「草津川の渡し場」


「草津川の渡し」近くにある陶板 ※『木曾街道六十九次』の写し

「草津川の渡し」近くにある陶板
※『木曾街道六十九次』の写し

アクセス

◎旧姥が餅屋と矢倉道標
・JR琵琶湖線「草津駅」からバス「草津三丁目」下車 徒歩10分
・栗東ICから国道1号線経由6㎞、瀬田西ICから京滋バイパス経由7㎞

◎うばがもち屋 本店
・JR草津駅より 徒歩15分
・栗東ICから国道1号線沿い 5分

◎旧草津川渡し場(追分道標のある地点)
・JR琵琶湖線「草津駅」下車 徒歩12分
・栗東ICから国道1号線経由5㎞

(田中咲子)

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