新近江名所圖会 第42回 大ムカデ退治、今に!-瀬田の唐橋-

大津市瀬田
瀬田の唐橋

瀬田の唐橋

 琵琶湖から注ぎ出る唯一の川、瀬田川にかかる橋のひとつが唐橋です。
 唐橋がかかる付近には、国道1号、名神高速道路、東海道新幹線、東海道本線(琵琶湖線)が通っており、京都方面に行くための主要なルートであることを実感することができます。それは古代から様々な歴史の舞台となったことからも明らかです。
 たとえば大海人皇子(後の天武天皇)と大友皇子の覇権争い、壬申の乱、恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱などを挙げることができます。それは瀬田の唐橋が東西(都と東国)を結ぶ地点で、戦局を優位にすすめる重要拠点との認識があったからでしょう。そのようなことが「唐橋を制するものは天下を制す」といった言葉や武田信玄が臨終の際に「我が旗を瀬田橋に立てよ」といった伝説がうまれた背景にあったとおもわれます。
 現在の唐橋は、昭和につくられたコンクリート製の橋ですが、その歴史は古く、7世紀までさかのぼります。それは、琵琶湖総合開発に伴う瀬田川浚渫工事に先立ち実施された発掘調査で明らかになりました。1988年のことです。この調査では、今の唐橋の下流80m付近の川底から7世紀代(飛鳥時代)の橋脚がみつかりました。そして、それに続く古代から中世にかけて4時期の橋の基礎の一部もみつかっています(調査員の逸品№3参照)。
 今と同様にこの地に連綿と橋がかけられていたことが実証されました。

おすすめPoint

 瀬田の唐橋、この橋にまつわる伝説が残されています。それは、このような話です。
 「ある時、唐橋に大蛇が横たわり、人々が恐れて橋を渡れなくなってしまいました。しかし、そこを通りかかった俵藤太はまったく臆することなく大蛇を踏みつけて渡っていきました。その夜、美しい娘が藤太を訪れました。娘は琵琶湖に住む竜神一族の者で、藤太が踏みつけた大蛇でした。娘が言うには、竜神一族が三上山の百足に苦しめられているので、ぜひ藤太を見込んで百足退治をおねがいしたいと。藤太は快諸し、三上山を七巻き半する大ムカデを退治しました。」
 この伝説に登場する大蛇と大ムカデ、実は、今でも見ることができるのです。といってもレリーフですが。それは右岸(京都側)から橋を渡り、右手の堤防沿いにはしる遊歩道にみることができます。
 最初は、なんだかへんな模様が入った遊歩道だなーと思っていたのですが、よーく見てみると、対峙した大蛇と大ムカデであることに気付き、ビックリ。ぜひ、見に行ってみてください。

大ムカデ

大ムカデ

大蛇

大蛇

 

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建部大社

建部大社

 周辺には、近江国庁に関連する遺跡が展開しています。近江国一宮である建部大社や推定勢多駅の堂ノ上遺跡、巨大倉庫列が見つかった惣山遺跡、そして近江国庁跡や国分寺跡。
 近江国守、藤原仲麻呂にも関係する古代の役所群、唐橋を出発点に巡ってみてはいかがでしょうか。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線石山駅から京阪石坂線唐橋前駅下車、徒歩5分
【自家用車】名神高速道路瀬田東ICもしくは瀬田西ICから10分、駐車場なし

 
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(堀 真人)

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