新近江名所圖会 第74回 天智天皇がのこした大津宮-南滋賀町廃寺と榿木原遺跡

大津市南滋賀

 天智天皇が667年に遷都した近江大津宮は、JR大津京駅の北西にある錦織遺跡がその所在地として知られています。近江大津宮の周辺には、穴太廃寺、崇福寺、南滋賀町廃寺、園城寺前身寺院といった4つの寺院が当時存在していました。園城寺前身寺院は出土した瓦によって想定されているものですが、その他の寺院はこれまでの発掘調査によって伽藍配置などが明らかにされています。
 このなかでもっとも大津宮に近い位置にある南滋賀町廃寺と、この寺院に付属する瓦工房が見つかった榿木原遺跡を紹介します。

おすすめPoint

◇南滋賀町廃寺

南滋賀町廃寺の礎石

南滋賀町廃寺の礎石

 京阪南滋賀駅から250mほど西へ坂道を登ると、木々に覆われた南滋賀町廃寺跡(国指定史跡)が右手に現れます。昭和3年と昭和13年に行われた発掘調査やその後の発掘調査によって、大津宮の頃から平安時代末まで存続した寺院であることがわかっています。
 塔や小金堂、金堂、講堂、僧坊といった堂舎や回廊が確認され、この寺院の伽藍配置が明らかとなりました。大津宮の北750m付近に位置しており、大津宮とはほぼ南北に並んだ位置関係にあります。
 寺院の南東側が公園となっており、遺跡の案内板などが設置されています。公園内には、塔心礎のほか、回廊や僧坊の礎石が残されています。塔心礎は、昭和3年に行われた発掘調査の時に近くの民家から見つかったものが移されています。1.5m×1.8m程度の花崗岩が使用され、平滑にされた一面に直径約83.3㎝、深さ10.6㎝の柱座と、その中央には直径約21.2㎝、深さ約18.2㎝の舎利孔が穿たれています。心礎の大きさから、30m程度の高さがある塔であったと推定されており、壮大な寺院の一端をうかがうことができます。

◇榿木原遺跡

B-4号窯 道路法面に移設され、斜めの屋根がある所です。

B-4号窯 道路法面に移設され、斜めの屋根がある所です。

 榿木原遺跡は、南滋賀町廃寺の西約170mの所にある遺跡です。この遺跡からは、昭和14年の調査で南滋賀町廃寺と共通する瓦が出土し、瓦窯の存在が推定されていました。その後の昭和49年から昭和54年にかけて行われた西大津バイパス建設に伴う本格的な発掘調査によって、南滋賀町廃寺の西端の築地塀跡やその外側に工房を伴った瓦窯群が存在することが明らかになりました。
 瓦窯は、大津宮の時期の登窯5基と奈良~平安時代の平窯5基が見つかっています。このうち、ほぼ完存していたB-4号窯と呼称している登窯が、西大津バイパスのそばに移設されて保存されており、いつでも見学をすることができます。全長5.4mあるこの窯は、地山をトンネル状にくりぬいた地下式有階有段登窯で、何回も繰り返し操業を行っていたことが調査によって確認されています。赤く焼けた窯からは、瓦を焼いていた白鳳期の様子が伝わってきます。

周辺のおすすめ情報

◇宇治川餅大津店

おすすめの茶団子

おすすめの茶団子

 南滋賀町廃寺跡の南には、茶だんごを味わうことができる宇治川餅大津店というお店があります。団子の種類には抹茶とほうじ茶があり、どちらも口の中に濃厚なお茶の味が広がるとってもおいしい茶だんごです。南滋賀町廃寺を訪れた際には、ぜひお試しください。

 また、近くには天智天皇を奉った近江神宮や、史跡近江大津宮錦織遺跡などがあります。

アクセス

【公共交通機関】京阪石坂線南滋賀駅から徒歩10分
【自家用車】西大津バイパス南志賀ランプ下車すぐ、駐車場なし


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(中村 智孝)

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