新近江名所圖会 第96回 近江八景-粟津晴嵐の地を訪ねる

大津市晴嵐・御殿浜・中庄・膳所

◇旧東海道を歩く

粟津の松並木

粟津の松並木

 前回(第58回)はJR石山駅から唐橋方面へ歩きましたので、今回は膳所方面へ向かって歩いてみようと思います。

今井兼平の墓

今井兼平の墓

 JR石山駅の改札を出て、北に向かうのですが、その前にNECの工場とJRの間の道を左(西)に進むと、盛越川沿いに今井兼平の墓があります。今井兼平は源平争乱で勇名を馳せた源義仲(木曽義仲)の乳母子だった人で、粟津合戦(寿永三年:1184年)で義仲が討ち死にすると後を追って自害しました。この墓は、元は山手にあったものを寛文七年(1667年)に膳所藩主の本多康将によって、東海道に近いこの地に移されました。
 東海道に戻り、少し歩くと粟津中学校の西側に道に沿って大きな松の木が数本見えます。この松が歌川広重の版画で有名な「粟津晴嵐」の松並木の名残をとどめたものであると言われています。版画に見られる東海道沿いの松並木は、今は見る影もないほどに数を減らしていますが、曲がりくねった道がわずかに元の街道の雰囲気を感じさせてくれるような気がします。
 御殿浜町内に入ると道が階段状に曲がりますが、その角の民家の庭先に「膳所城勢多口総門跡」の石碑がひっそりと立っています。この先を少し歩くと膳所城の門を移した若宮八幡神社があります。

篠津神社表門と参道

篠津神社表門と参道

 道はここから直角に曲がって北を目指します。京阪電車の瓦ヶ浜駅の横を通過すると左手に参道があり、その先に篠津神社が見えます。この表門(重文)も膳所城北大手門を移築したもので、近江大橋西詰めの和田神社も含めて膳所城周辺の施設に城門が移築されているのが確認できます。
 今回の旅の終点は膳所神社です。この神社も膳所城から移築された重文の表門があります。膳所神社の東方(琵琶湖方向)には膳所城跡公園があります。膳所城は慶長6年(1601年)に徳川家康によって築かれた水城で、最初に戸田氏が入り、後に本多氏が引き継ぎ幕末に至ります。従って、上記の神社の移築された門は、屋根瓦がことごとく本多氏の家紋である立葵紋で飾られています。

おすすめPoint

膳所神社表門

膳所神社表門

 京阪電車の中の庄駅と膳所本町駅のちょうど真ん中あたりに「つる家」という店があります。表の看板には、「寿司・仕出し……」と書かれてあったのですが、その店先に水琴窟が造られていました。白い玉砂利の上に水を張った手水鉢が置かれ、柄杓まで添えられてあったのですが、ちょうど入り口の前なので気が引けて音は聞けませんでした。きっといい音を響かせたと思います。もし歩かれたら、水琴窟を探してみてください。
 膳所神社の境内に入って表門を眺めていたら、何処からか水琴窟のような音色が聞こえてきました。「まさか、こんな所に……」と思い、周囲を良く観察してみれば神社の向かいにある美容室の表に飾られてあった風鈴の音でした。水琴窟に非常によく似ていい音色を響かせていました。

周辺のおすすめ情報

光風堂のかりんとう饅頭

光風堂のかりんとう饅頭

 京阪中の庄駅付近を通過して少し歩いた頃、道の左側に「亀屋廣房」の名前が見えました。後で調べて見ると「京菓子の流れをくむ上品な」お菓子とのこと。そのときは、美味しそうな和菓子屋さんだなあという思いを残しながら通り過ぎたのですが、入り口が閉まっていたので中の様子がわかりませんでした。「源氏窓」が定番の商品とのこと。惜しい思いをしました。
 和菓子に未練を残しながら膳所城跡公園に向かったとき、公園の少し手前にあるスーパー「フレスコ」の入り口の出店に目がとまりました。「かりんとう饅頭」という名の直径4~5㎝の茶色い饅頭です。試食をしました。外側はカリッとして中は餡が程良い甘さを保っていました。かりんとうに包まれた餡という感じで、とても美味しかったです。
 この店は、浜大津の丸屋町商店街にある「光風堂」という和菓子屋さんです。おすすめは「比良の暮雪」「三井の晩鐘」など、近江八景に因んだお菓子を扱っているようです。店まで足を伸ばしてみたのですが、休みでした。でも、かりんとう饅頭はおすすめです。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線石山駅下車徒歩
【自動車】名神瀬田西・東IC下車10分、駐車場なし


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(三宅 弘)

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