新近江名所圖繪會 第283回 豊臣秀吉に攻められた甲賀衆の居館―佐治城跡―

滋賀県内には中~近世城館が1300あるといわれています。城と言えば彦根城や安土城のような石垣をもち、瓦葺の立派な天守閣がそびえるものを想像する方も多いでしょう。しかし、元々は在地の土豪・地侍が築いた居館や、土を盛ったり、掘り込んだりしただけで建築物がないものでした。

そういった城館が甲賀市域には200近くあり、そのほとんどが甲賀衆の居館跡です。甲賀の城館は約50m四方の小規模方形城館が多数形成されていました。近年では貴生川遺跡の発掘調査において、やはり一辺50m四方の堀に囲まれた方形居館跡が見つかっています。

写1 佐治城跡案内板

写1 佐治城跡案内板

今回紹介するのは甲賀市甲賀町小佐治小字城殿にあります、佐治城(写1)です。佐治城は小佐治集落の北側で野洲川方面を見下ろす丘陵上に位置します。城主は佐治氏とされ、永禄年間(1558~1570)に佐治美作守為次が織田信長の配下になったのちに築いたとされます。天正13(1585)年に豊臣秀吉によって領地没収命令が出されますが、佐治為祐は反対して籠城したものの、堀秀政や中村一氏(のち水口岡山城主)に攻められ落城しています。

落城の際に城主佐治為祐は自害、奥方は入水したと伝わります。奥方は入水の際に日照りが続いたら雨乞いせよ、と言い残したと伝わっており、雨乞いがなされたとされます(地質については第278回参照)。現在では甲賀市指定無形民俗文化財の「すいりょう節」という踊りとして残っています。

◆おすすめポイント
本城の遺構としては、そのほとんどが終戦後の開墾で破壊されてしまっていますが、城の堀と言われている「枡形池」が北端にあり(写2)、その南側には2つで100m程度ある曲輪(写3)があります。そのほかにも土塁や空堀などの遺構が認められ、城の防御性がうかがえ、形に合わせて、土で形成された防御施設を見ることができます。

写3 佐治城跡曲輪

写3 佐治城跡曲輪

写2 枡形池

写2 枡形池

「枡形池」は佐治為祐の奥方が入水したと伝わっている池です。道路を挟んで反対側には「寛政十一(1790)己未七月」と刻まれた竜神を祀る碑が建立されています。

◆周辺のおすすめポイント
佐治城跡から下ったところには佐治神社があります(写4)。境内にある社歴によると、創立年代は不明ながら、棟札に文明2(1470)年卯月十九日遷宮時に大檀那佐治美作守為氏によって佐治城の鎮護社として建立されたとされます。現在の社殿は延享元(1744)年に再建されたものです。

写4 佐治神社

写4 佐治神社

少し足を延ばせば、甲賀町隠岐の甲賀の里忍術村や、甲南町竜法師の甲賀流忍術屋敷、甲南町新治を中心とする国指定史跡甲賀郡中惣遺跡群など甲賀衆関連の体験施設や遺跡が多くあります。いろいろな居館跡を巡り、違いや類似点を考えてみるのも良いかもしれません。

◆アクセス
●公共交通:JR草津線「寺庄駅」より甲賀市コミュニティバス「近江土山」行き「小佐治公民館」下車、徒歩10分
●自家用車:新名神高速甲賀土山I.C.より車で15分

(福井知樹)

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