調査員のおすすめの逸品 No.126 謎の墨書土器-高島市上御殿遺跡出土-

墨書土器

墨書土器

 発掘調査で出土する遺物に、文字や記号などが墨で記された墨書土器と呼ばれるものがあります。どの遺跡からも出土するものではなく、官衙や寺院といった性格の遺跡などに多い傾向が知られています。滋賀県内の遺跡では1,000点以上が出土していて、食器の底部外面に人名や建物・記号などを示す文字が1文字記されたものがよく見られます。
 湖西地域北部の高島市に所在する上御殿遺跡では、平成24年度に行った発掘調査において、同じ人名が7行も書かれた珍しい墨書土器が奈良時代の川から出土しました。川の底に堆積した砂を徐々に掘り進めていくと、口の部分を上に向け、その場所に置かれたような状態で見つかりました。周辺からは、自分についた穢れを移し祓うのに使用される人形代(ひとかたしろ)といった木製祭祀具が出土していることから、これらとともに祭祀に使用されたと考えられます。
河川の調査風景

河川の調査風景

 土器は土師器と呼ばれる素焼きの甕で、口径13.5㎝・器高12.7㎝を測る小型のものです。煤が付着するなどの煮炊きに使用した痕跡がないことから、新しいものが使用されていますが、底部の中央には打ち欠いて作った穴が一カ所あけられています。このような跡は、日常で使用するものから祭祀など特別な場面で使用する道具とするために行われる行為とされていて、この土器が祭祀に使用されたことを示す痕跡といえます。
 人名の墨書は、この土器の外面に縦書きで均等に割り付けられて書かれています。6行は「守君船人」(もりのきみふなひと)と書かれており、1行は「守船人」と「君」が省略されています。このような土器全体を覆うように文字が書かれたものは、これまでにない特殊なものです。
墨書土器と人形代

墨書土器と人形代

 「守君船人」のうち「守君」は、岐阜県の西濃地域に本拠地が推定されている氏族です。『日本書紀』には同じ美濃の身毛津君(むげつのきみ)と同族とされており、身毛津君が聖なる水と関わりの深い氏族とされていることから、「守君」についても同様の祭祀に関わる氏族であった可能性が考えられています。今回出土した土器は、先にも記したように祭祀に使用されたと考えられるものであることから、「守君」について考えられていた性格を具体的に示す資料として注目されます。また、県内では対岸に位置する米原市六反田遺跡から「守君」と墨書のある土器が出土していて、この氏族の分布をうかがうことができます。
 「船人」については人名と考えられるほか、祭祀に関係する文字とも考えられます。人形と一緒に使用される木製祭祀具には馬形代や舟形代といったものがあり、穢れの付いた人形を別の世界へと運ぶ役目が想定されています。船乗りを示す「船人」には、同様の意味が込められているのかもしれません。
このように、この墨書土器は当時の祭祀や地域社会を知るうえで重要な遺物といえます。

参考文献

栄原永遠男(1981)「守部小考―柚井遺跡出土木簡の検討―」『人文研究』第33巻第12分冊 大阪市立大学

(中村智孝)

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