調査員のおすすめの逸品 No.22 梅林焼の水滴‐藩校で使われた文房具‐

 今年のお正月に小学校5年生になる娘は、リンゴの香りの付いた蛍光ペンをお年玉で買いました。かわいいキャラクターが描かれたそのペンを、学校に持っていく筆箱に大切にしまっていました。子どもに限らず大人も、文房具は好みに応じて選ぶもののひとつではないでしょうか?今回は江戸時代の藩校に通う生徒が使っていたと思われる、そんな逸品を紹介したいと思います。
 江戸時代後半になると、全国的に藩士の子弟を教育するため藩校が建てられるようになります。滋賀県の南部に位置する膳所藩でも、文化5年(1808年)に家臣の屋敷地を解体して藩校「遵義堂(じゅんぎどう)」が建てられました。この藩校があった場所に県立膳所高等学校が建っています。その校舎新築工事に伴い平成14年に実施された発掘調査で、江戸時代の生活を窺わせる様々な道具が出土しました。多くは屋敷地に住む人々が使っていた食膳具や調理具の陶磁器、喫煙具(キセル)や身嗜みの道具(かんざし)の金属品などでしたが、その中で一際目立つ存在であったのが文房具のひとつである梅林焼の水滴でした。
 江戸時代の文房具はそれまでと変わらず筆・硯・墨などが使われ、硯で磨った墨を使って筆で文字などが書かれていました。そのなかで水滴は、硯で墨を磨るときに差す水を入れる文房具です。江戸時代に使われたものとしては直方体で上面中央と角に小さな穴が開いた陶磁製のものが多く、ほかの文房具とともに硯箱に収められていたと考えられます。

梅林焼の水滴 (膳所城下町遺跡出土)

梅林焼の水滴 (膳所城下町遺跡出土)

 調査でも同様の水滴が出土しましたが、そのほかに牛や亀を象り、黄色・緑色・紫色などの色鮮やかな釉薬を施した陶器の水滴が出土しました。一辺5㎝程度のこれらの破片は、現在残る製品との比較から天明年間(1781~1789)に膳所の城下で焼かれ始め、文政年間(1818~1830)に再興されたと伝えられる梅林焼のものと考えられます。中之庄村の梅林山から土を取り茶器を作っていたと文献に記されているこの窯は、水滴と同様に色鮮やかな釉薬を施したアワビを象った鉢やナスを象った徳利のほか、ミカンや松茸などを象った部分が付く器など奇抜な作品が残されています。
 梅林焼の水滴は、年代から藩校で使用されていた可能性が考えられます。城下で焼かれた人目を引くおしゃれな水滴の存在は、生徒が好みに応じて選択し使用していた姿を想像したくなります。同時に出土した硯には墨を磨る部分が大きく抉れたものがあり繰り返し使用されたことが伺え、使えなくなるまで大切に使用されていたことを示しています。おそらくはこれらの水滴も同様に大切にされていたのでしょう。
生徒の傍らに置かれていたと思われる梅林焼の水滴は、当時の「遵義堂」内の姿を伺わせる逸品と言えるでしょう。

(中村智孝)

≪参考文献≫『膳所城下町遺跡』滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会2005

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