調査員のおすすめの逸品 No.37 暮らしを語る縄文人のアート  最古級の「漆塗り椀」-入江内湖遺跡出土-

 2004年の年度末、私は米原市に所在する入江内湖遺跡で調査していました。この遺跡は、琵琶湖のほとりの遺跡で、関西地方の縄文文化を語る上で欠かせない資料がたくさん眠っていました。今回はその1つをご紹介しましょう。
 湖北の冬に雪はつきもの。この冬も、琵琶湖の水面を渡ってきた横殴りの冷たい風雪が、容赦なく私たちの体に吹き付けていました。琵琶湖に近い低湿な現場なだけに、毎日泥だらけになって発掘していました。そんなある日に出土したのが今回の逸品。鮮やかな赤色の漆で塗られた木製の椀です。この椀は、直径15センチ、高さ15センチのトチノキ製で、およそ5500年前(縄文時代前期)のものです。

漆塗り椀出土状況

漆塗り椀出土状況

 世界最古の漆製品は9000年前のアクセサリー、繊維製で北海道南茅部町垣ノ島B遺跡から発見されています。漆は最初、アクセサリーの装飾に使われたようです。容器に漆を塗り始めたのは、その数千年後の縄文時代前期からです。今回紹介している入江内湖遺跡の木製容器も最古級の塗り椀に該当します。日本の伝統工芸「漆塗り椀」の歴史は5000年以上の歴史を持っています。エジプトのピラミッドより古い!すごいですよね。
 さらに「すごい」と思ったのは、「漆塗り椀」の製作には多くの労働時間が必要だと知ってからです。漆の木から樹液が採れるのは、初夏から秋に限られます。しかも微量。必要量を貯めるには長い時間がかかります。しかも、ゆっくり時間をかけて煮詰める必要もあるそうです。というのも、「生漆(生の樹液)」は水分が多すぎて独特の光沢がでないからで、摂氏40度前後で温めながら、水分を30%程度から5%程度にゆっくり減らす必要があるそうです。さらに、ひび割れしないように乾燥も様子を見ながらゆっくり進める必要があります(鈴木公雄編1988)。

漆塗り椀 -入江内湖遺跡出土-

漆塗り椀 -入江内湖遺跡出土-

 そもそも、漆製品はなくても生きていけるものですが、にも関わらず、その製作に縄文人はたくさんの時間を割いていたことになります。私が「すごい」と思ったのは、まさにこの点です。もし、縄文人が日々の食料確保に追われ、汲々と暮らしていたならば、こんな面倒なアートは生まれなかったでしょう。漆製品の存在は、彼らの暮らしに余裕や安定性があったことを教えてくれます。琵琶湖の縄文人の豊かさが見えてきます。本当にすごいことです!
なお、この「漆塗り椀」の調査に際して、どうしてももう一つ探したいものがありました。それは、「漆塗り椀」をこの遺跡の中で作っていた証拠です。考えようによっては、よそから持ち運びこまれた可能性もあったので、その白黒をつけたかったのです。
 そのために、出土した土器の破片全点を見直すことにしました。もし遺跡内で作っていたならば、「生漆」を温めた土器が残っているはず!事務所で時間を見つけては、数万点の破片を1つずつ見直したところ・・・ありました。あきらめかけた頃、小さな破片に生漆が付着しているのを見つけました。わき上がる興奮(分かってもらえるでしょうか?)。調査員はやっぱりやめられません。

(瀬口 眞司)

<参考文献>
・鈴木公雄編1988「漆を使いこなした縄文人」『古代史復元2 縄文時の生活と文化』講談社
・滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会 2007 『入江内湖遺跡Ⅰ』一般国道8号米原バイパス建設に伴う発掘調査報告書1

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