調査員のおすすめの逸品 No.50 「カリカリからカチカチへ」-丸ペンからマウスへ-

丸ペンとインク

丸ペンとインク

 発掘調査を行いますと整理調査を経て、発掘調査報告書を刊行します。そこには発掘調査で検出された遺構の実測図や出土した土器・石器などの遺物の実測図を掲載します。その過程では実測した原図をトレース(実測図などを透写すること)します。
 私がこの世界に入った昭和40年代、トレースは丸ペンとよばれる細い製図用つけペン(ペン軸にペン先を挿入)で描いていました。インクは墨汁です。
 丸ペンはマッピングペンと呼ばれ、日本では漫画、動植物画などを描くのに今も使われています。ペン先は長く使用していますと手癖がついて傾きなどなじんできます。磨り減るとペン先を付け替えます。ペン先は約0.5㎜で線の太さは筆圧で調整し、太い線から細い線まで一本で描ける代物です。より細いペン先が必要な時は紙ヤスリで削るか、ペンを裏向けて使用します。
 白い手袋をして小指を接地します。曲線は手首のスナップを活かし、等高線など長い曲線は手首を固定して息を止め、一気に腕全体を動かして描きます。同じ筆圧を持続しないと途中で太さが変わってしまいます。崖や遺構の上端と下端を示すケバや土器のハケ目・ヘラ磨きの描写では手首のスナップと筆圧に弾力を加え太線から細線までを描きます。ペン先の墨汁が無くなると墨汁に浸し再度引き始めます。
 つなぎ目のズレをわからなくするのが一苦労です。線を間違えたり、インクが定規の下に染みたり、描いた線をなぞったりすれば悲惨な結果になります。消しゴムでは消すことができませんので、最初から書き直しです。考古学を始めた頃、トレース図を報告書に採用してもらえるまで先輩や技師さんから熱くて・強い指導をいただいたものです。現場のプレハブではカリカリ・ザーザーと丸ペンの音が響いていました。
ロットリングペン

ロットリングペン

 昭和50年代中頃、製図ペンがロットリング社から発売されました。通称ロットリングペン。
 ペン先は0.1㎜から1.2㎜以上まで、0.05㎜単位の太さがあります。筆圧に関係なく同じ太さの線が引け、インク入れが内蔵されており、墨汁に浸す煩わしさから解放され、非常にトレースが楽になりました。
 しかし、線のつなぎ目をわからないようにする技術が必要なことは丸ペンと同じで、ついつい力を入れすぎますと繊細なペン先は曲がったり折れてしまいます。また、少し使用しないとインクが詰まるため、まめに洗浄する必要があります。なお、遺構のケバや土器文様では丸ペンの描写には及びません。
 それがどうでしょう。近年のコンピューターの発達はトレースの概念を一変させました。
 マウスを操作しながら自由自在に線を引くことができます。線の太さも自由に換えられますし、つなぎ目という概念もありません。
 まさに正確で、同じ作業を行えば誰が操作しても綺麗な線を描くことができます。修正も画面上で短時間にできます。また、拡大・縮小や個々の図のレイアウトもできますので、丸ペンやロットリングペンの時代に必要だったトレーシングペーパーやインク、割付台紙を使う必要が無くなりました。
イラストレーターを使った製図

イラストレーターを使った製図

 また、画面上では原寸大から必要に応じて縮小も拡大して見ることができるので、老眼が進んだ目には非常に優しいことは画期的です。作業室では調査補助員の方々が何台も並ぶパソコンを前に、スキャナーで読み込んだ原図を画面で見ながら、マウスを動かしてトレースしています。
 このようにトレース方法は大きく変わりました。しかし、同じ文化財を扱っている分野でも丸ペンでケント紙に製図しているところがあります。国宝や重要文化財の建造物の保存修理を担当されている技師さんたちです。
 インクは墨を擦っています。修正はケント紙の表面を削刀などで削ります。埋蔵文化財と異なり手作業で図を作成しています。その製図する姿を見ていますと、懐かしさを感じます。一方で失われつつある製図技術の伝承の必要性を痛感しています。丸ペンは今も大切に保管しています。
 そして、文字はパソコンで打ち出すのではなく、原稿用紙に手書きする大切さも・・・ちなみに下書きは手書きです。

(葛野 泰樹)

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