調査員のおすすめの逸品 No.51 日本の伝統楽器「こと」―ひとの心を奏でる逸品―

守山市服部遺跡出土"こと"

守山市服部遺跡出土"こと"

 楽器で「こと」といえば、平安時代には弦楽器の総称でしたが、このうち、筝が広く演奏されるようになったのに対し、そのほかは雅楽など一部でしか使われなくなりました。現代では“こと”は13本の絃を持つ「箏(そう)」をさすのが一般的です。“箏”の字が常用漢字にないこともあって「琴」の当て字が使われることも多いのですが、正確には“琴”は「きん」と読み、異なる楽器として区別されます。これらの祖形となるものは、奈良時代の初めに中国から伝わり、正倉院宝物としても残されています。
 しかし、構造や形状は異なりますが、“こと”といわれる楽器は、すでに縄文時代からありました。彦根市松原内湖遺跡から見つかった “こと”は日本でも最古級の縄文時代後期のものです。形状から「ヘラ状木製品」とも呼ばれており、座って楽器を斜めに持ち、両手の指で演奏する、アイヌのトンコリと似た奏法とも考えられています。
復元された"こと"

復元された"こと"

 古墳時代には土でつくられた“こと”や、「弾琴埴輪」と呼ばれる人物埴輪が知られています。滋賀県では琵琶湖の周辺の低湿地で、腐食しやすい木質の“こと”が非常に良い状態で複数見つかっています。守山市服部遺跡のほか、同市下長遺跡、草津市中沢遺跡、高島市森浜遺跡などから弥生時代~古墳時代のもの十数点が見つかっています。これらは形状から「板作り」「槽作り」「棒作り(築状弦楽器)」などに分類されいくつかのバリエーションを持ちます。また、守山市服部遺跡からは楽器本体とともに4点の「こと柱(じ)」も見つかっています。こと柱は楽器上面に立て、音程を調節するために使います。
 はじめて「こと」の出土品や「弾琴埴輪」を見た筝演奏者から、「どちらが手前で、どちらから弾くのか」と聞かれることがあります。いまの箏のイメージだと楽器の向きが逆に思えるものがあるからです。現代の箏は弾く側の方が幅広で、楽器上面に張られた絃どうしの幅もこの弾く側の方が広く、放射状になっています。そして、こと柱を立てて音程を調節し、3本の指にはめた爪と素手の残りの指によって絃をしならせ、はじくことにより音楽を奏でます。現代の箏では当たり前のイメージの柱や爪も、遺跡から見つかった“こと”をみると、柱を持たないものや撥(ばち)を持つものなどがあります。これらは、箏とまったく奏法の異なるものであると考えられ、琴や和琴(わごん)、筑(ちく)などと似た奏法が推定されていています。
  また、遺跡から見つかった“こと”の構造や材質では、現代の箏のような“鳴る楽器”ではなく、“あまり鳴らない楽器”だということが推定されています。現代では、楽器は、広い空間で多人数に向かって音楽を奏でるのに耐え得ることが要求されるので、いかに“鳴る”か、また素敵に響くかが楽器の優劣の大部分を左右します。
現代の箏(演奏の様子)

現代の箏(演奏の様子)

 現代の箏の材質は「キリ」ですが、昔の“こと”はほとんどが「スギ」や「ヒノキ」といった針葉樹でした。これらは大木となるので大きな材が得やすかったこと、鋸(のこぎり)がなく、楔(くさび)を使って割きやすかったことが考えられます。スギやヒノキはキリと比べて響きにくいといわれていますが、かつては音量が小さく響かなくてもよい演奏状況が求められていた、あるいは響かないがために用いられたのでしょう。
 材質の違いは用途の違いを示しているのかもしれません。材質や構造が少しずつ変化していったことが感じられます。
 ところで、“こと”が、純粋に音楽を演奏し鑑賞するという目的で用いられるようになったのは、実はごく最近です。装飾を凝らした箏が“床の間の飾り”として置かれていることもありますが、これも芸術性に優れた高価なものとして奈良の正倉院宝物などと重ね合わせて考えると、権威を示すものであったり、威儀具としての役割を持つものとして捉えることができます。
 実際、遺跡から見つかった柱には、大きさやつくりが実用的でないと考えられるものもあり、楽器を奏でる代わりの「形代(かたしろ)」のような役割を担ったと考えられます。
 このように、日本の“こと”は今から3000~4000年前の縄文時代後期から存在し、単に音楽を奏でる楽器としてだけではなく、神と交信するための道具ともいわれ、権威を示すものであったり、ときには『源氏物語』にも出てくるような恋のかけ引きの道具であったりと、長らく人の心に深くかかわる楽器として存在してきました。遺跡から見つかった “こと”は、古来から続く音と人とのかかわりを教えてくれる貴重な逸品です。

(中川 治美)

《参考文献》滋賀県立安土城考古博物館『王権と木製威信具-華麗なる古代木匠の世界-』2005

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