調査員のおすすめの逸品 No.61 大河ドラマ関連で重宝された肖像画写-浅井長政夫妻画像-

浅井長政像 (模写:安土城考古博物館蔵)

浅井長政像
(模写:安土城考古博物館蔵)

浅井長政夫人像 (模写:安土城考古博物館蔵)

浅井長政夫人像
(模写:安土城考古博物館蔵)

 早いもので、安土城考古博物館が開館してこの秋で19年になります。実は、私が安土城博の学芸員になったのも同じ年の4月。いろいろな意味で私は、館と一緒に歩み、成長(?)してきたわけです。
 開館した平成4年頃は、安土城跡の発掘調査も緒に就いたばかりで遺物や成果もまだ多くはなく、信長関係の収蔵品も、地元の摠見寺さんからお預かりした什物以外は数えるほどでした。常設展示室に、模型やジオラマが幅を利かせていた時代を覚えておられる方もおられることと思います(現在の常設展に改訂されたのは平成13年です)。
 当然ですが、「博物館」の活動の根幹にあるのは収蔵品です。そこで博物館の機能を充実させるため、当館では開館前年から、わずかな予算ではありますが、信長関係資料の購入を行ってきました。残念ながら県の財政事情もあり、購入は平成19年度を以て中断を余儀なくされましたが、17年間で購入してきた資料は98件にのぼり、同じく増えた寄託品(博物館でお預かりしている資料)と相俟って、豊富な収蔵品展示を行えるまでになりました。
 前置きが長くなってしまいましたが、開館以来苦労して収集してきたこれらの資料たちは、その大部分の入手に関わったため、全てが甲乙つけがたい私のおすすめの逸品になります。今回はそれらの中で、今年注目を浴びることになった一対の画像を紹介しましょう。
 それは、浅井長政夫妻画像です。彼らは言うまでもなく、今年NHK大河ドラマのヒロインに選ばれた浅井三姉妹の両親-湖北三郡を支配した浅井長政と、織田信長の妹で長政の妻となったお市の方です。お市の方は、信長の12人の姉妹のうちの一人とされており(いとこ説、いとこの娘説などもあります)、『好古類纂』所収系譜によれば、実名を「秀子」といったとか。
 天文16年(1547)生まれという説を信じれば、信長より13歳年下、長政より2歳年下になります。この二人の結婚は、上洛を見据えた信長の戦略の中に位置づけられるため、上洛直前の永禄11年(1568)とされることが多く、今年のドラマもこの説を踏襲しています。しかし、そうするとお市の方は21歳(満19歳)くらい。現在なら適齢期ですが、当時ですともう薹(とう)の立ってしまっている年齢です。お江が秀忠と3度目の結婚をしたのが、23歳の時なのですから…。
 長浜城歴史博物館の太田浩司さんは二人の結婚の契機を、浅井氏が六角氏から離れて美濃の斎藤氏と対峙し始める永禄4年頃とする説を示しています。同じく斎藤氏と対立する信長との同盟が必要だったと見たのです。現にこの頃長政は、最初の結婚相手である六角氏家臣平井氏の娘を離縁し、六角義賢から賜った字を用いた「賢政」という名を「長政」に改めています(実は、長政はバツイチです)。二人の結婚の時期には複数の説があり、確実な資料がないため断言できませんが、永禄11年説は後の信長の上洛に合わせたわかりやすい解釈のようにも思えます。後の小谷落城の際に串刺しにされた長政の嫡男万福丸は、永禄11年説ではお市の子にならないため、二人の熱愛を強調したい今年の大河では差し支えがあったのか無視されてしまいましたが、永禄4年説ならば、お市の子とみることも可能です。
 いずれにせよ、二人の仲が睦まじかったことだけは確かなようです。戦国の世では、同盟が破綻すれば人質とも言うべき妻は実家に返されるものですが(殺されることはほとんどありません)、お市は兄信長の元に戻らず最後まで長政の元に留まり、落城直前に小谷城でお江を生むことになります。

浅井長政夫人像(部分)

浅井長政夫人像(部分)

 このような二人の姿を描いた本画像の原本は、根拠はありませんが高野山持明院に伝えられた重要文化財の二人の画像であることは一目瞭然です。大河ドラマに合わせた展覧会で、お江の両親の画像の需要が高まることは予想できました。しかし、繊細な肖像画は光に弱く、1年のうち8週間ほどしか展示することができません。そこで、ピンチヒッターとして写が重宝されるようになります。長政とお市の画像の写は、東京大学史料編纂所や東京国立博物館にある近代の写の他はほとんど存在が知られていないので、当館の写は貴重な一対になり、NHK大河展でも、長浜会場に貸し出すことになりました。
 私にとってはとてもかわいい画像ですが、それでもついつい原本と比較して、「うちのお市はブスだなぁ…」と思ってしまいます。そっくりとはいえ持明院所蔵のお市は、つんとすました表情がいかにも「お高くとまった美人」という印象なのです。俗にお市が「戦国一の美女」と言われるのも、この画像ゆえなのでしょう。これを聞いた同僚は二人を比較して「いや、僕は館蔵の方が好きだなぁ」と一言。自分の主観で決めつけてはいけないなぁと反省した次第です。皆さんは、どちらのお市が好みですか?

(高木 叙子)

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