調査員のおすすめの逸品 No.97 天下取りの駆け引きを臭わす秀吉の書状写 ―「羽柴秀吉書状写-天正10年10月18日付け- 滋賀県立安土城考古博物館蔵」―

 「怪文書」とは、他人を中傷し世間を騒がせる不穏な文書のことですが、その本来の意味は「出所不明」すなわち差出人や宛先が分からないところにあるようです。そういう文書は、内容に興味がそそられる一方、どこかうさん臭さが残ります。ところがこれが、差出人も宛先も明らかだったらどうでしょう。ある人がある人に極秘情報を知らせた密書を、あなたが覗き見る機会を得たら、そこに真実が書かれているとつい思ってしまいませんか? 少なくとも、怪文書よりは信頼性は高いような気がします。
 このような一般的心理は、戦国時代の駆け引きにも利用されていたようです。その一例が、元亀3年(1572)9月に織田信長が将軍足利義昭の失政を書き連ねて弾劾した「十七箇条の異見書」です。信長が義昭もしくはその近臣に出した文書のはずですが、奈良興福寺の僧や甲斐の武田信玄にまでその内容が伝わっていて、義昭を諫めるという本来目的のほかに、信長が義昭の問題を世間に吹聴する(もしくはその逆も可)ために利用されたとも考えられています。
ここで紹介する羽柴秀吉書状写も、そのような効果を本来の目的として書かれたのではないかと思われる資料です。

秀吉書状写

秀吉書状写

 時は天正10年(1582)10月18日。この年6月2日に信長が京都本能寺で討ち死にし、中国地方から馳せ帰った秀吉が、織田信孝(信長三男)や丹羽長秀らの四国遠征軍と合流して山崎(京都府)の戦いで明智光秀を討ちました。その後、秀吉は織田家の家督を定める清須会議を優位に進めますが、これに織田家宿老の柴田勝家や信孝が反発し、対立は深まっていきます。
 秋に入ると、信長の葬儀をどう行うか、誰が行うかも争点となってきます。勝家やその妻となったお市の方を始めとして、信長ゆかりの人々がそれぞれ百日忌の法要を行う中、秀吉は10月15日に京都大徳寺で盛大な信長葬儀を開催します。
 この書状は、葬儀の3日後に秀吉が信孝の家臣2人(岡本良勝・斎藤利堯)に宛てたものです。江戸時代以前は、自分より地位の高い人に直接手紙を送ることは憚られたため、本来は信孝に訴えたい内容を、このような形で出しているわけです。秀吉は冒頭で、自分と勝家の調停を申し出た信孝に礼を述べるものの、信孝と勝家が清須会議で交わした誓詞に背くなら調停は無用であると一蹴します。そしてそれに続けて、自分が信長葬儀を行った理由を述べ、その背景として、信長存命時の自分の活躍や、本能寺の変から葬儀に至る経緯を、自分の功績や織田家への忠誠心、勝家側の批判を巧みに織り込みながら雄弁に語り、暗に信長の後継者としての自らの正当性を主張しています。それは、信孝への主張であると同時に、本能寺の変後の秀吉の動向に懐疑を抱く世間一般に説明し納得させようとしているようにも思われます。いずれにしても、さまざまな政治状況が、秀吉の立場からという条件付きではありますが、詳細にわかるとても興味深い書状となっているのです。
 このような文書に共通する点は、一つは非常に長文であること。本来書状などは内容が漏れることなどを恐れ、簡略な上に、肝心な点や感情的な言葉は控えられており、使者が口頭で伝えるとか、家臣の副状で詳しく述べるという場合が多いのですが、宣伝目的の文書は逆に、驚くほど豊富な内容が展開されています。もう一つの点、それは偶然かも知れませんが、原本が確認できないということです。写や記録・書物への引用は数多く残っているのですが、本人が受け取ったはずのものはなぜか伝わりません。本当に本人に届いたのかと、疑問に思ってしまうほどです。原本が存在しないと、当然ながら写の資料的価値が高くなります。
 私がこの秀吉書状写を「逸品」と位置づける理由は、一つは最初に紹介したように内容の豊富さ・おもしろさですが、もう一つはその価格です。古文書が売買される場合、さまざまな要素が考慮されて値がつけられますが、一概に原本と比すると、写の値は格段に下がります。この書状写は、「原本でない」という理由ゆえに、古美術商が付けた値(すなわち当館が購入した価格)は非常に低かったのです。内容の薄い秀吉の礼状などでも、原本ならば、この写の20倍から30倍の値で取り引きされています。もしもこの書状が原本なら、どこまで跳ね上がることでしょう。しかしながら、原本がないのですから、今のところこの写が原本の代わりです。現にこの書状写は、当館ではお市の方の画像に次いで、他館からの貸し出し要請が多い資料となっています。このように、十二分に活用している文書ですから、購入に携わった者としてとても誇らしい気持ちです(なお、私は「金儲けのために作られた偽文書」以外、すべての資料に優劣は無いと考えています。値段の話はあくまでも市場での取り引き価格であり、これが資料の価値であるとは考えてはおりません。ご理解をお願いします)。

(高木叙子)

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