調査員オススメの逸品 第200回 土製人形(ひとがた)の謎-守山市赤野井湾遺跡出土品 

祭祀遺物

写真1:祭祀遺物


 守山市赤野井湾遺跡では琵琶湖の湖岸近くの現在の水面下約2m付近にあります。そこから古墳時代の川跡が見つかり、岸辺や周辺から水辺の祭祀に関係するいくつかの遺物が出土しました。土製人形(ひとがた)のほか、土鈴、土玉、小型丸底壺、手捏土器、土製勾玉、製塩土器、木製品では舟形代、火錐臼、斉串、有孔円盤などの石器、鉄鎌などです。
 そのなかで、土製人形(写真1中央・写真2)は高さ9.4cm、幅約8.7cm、厚さ約4.1cmです。土師質の素焼きで全体を手捏ねで作り出し、目鼻は表現されていませんが、頭部・胴部・脚部は明瞭に分離し表現されています。足を大きく踏張り、両手を左右に広げ、側面から見ると前傾姿勢で湾曲した背中と、出張ったお腹が特徴的です。左右に両手を広げるポーズは神に捧げる磔刑を意味しているとの説もあります。土鈴(写真1右)は大きさ約4cmで、底には幅5㎜のスリットが入りますが、頭部の紐は外れて中の珠も有りません。ともに出土品では希少です。土製人形の出土は滋賀県内では近江八幡市安土町小中遺跡で古墳時代のものが4点あり、全国的には峠道や河川の中州、岸辺などから発見されており、峠神や水神の祀りに用いられたものと思われます。
人形

写真2:土人形


 考古資料としての人形(ひとがた)は古くは縄文時代の土偶が有ります。滋賀県では全国最古級の約12,000年前の相谷熊原遺跡から「土偶」が出土していますし、弥生時代では方形周溝墓の周溝などから人を形取った「木偶」が7体出土しています。古墳時代になると古墳上に配置された埴輪があり、そのなかでも人物埴輪がよく知られています。歴史時代では律令祭祀の広がりとともに木製人形が各地の祭祀遺構から見つかっています。穢れを流す祓えに用いたものでしょう。『肥前風土記』に「荒ぶる神」の逸話が記されています。「佐嘉郡(今の佐賀市)の佐嘉川の上流に荒ぶる神がいて、往来する人々をいじめ殺害する。困った県主の先祖の大荒田は2人の土蜘蛛(巫女)に占いにより、(いけにえ)の替わりに下田村の土で人形と馬形を作り荒ぶる神を祀ったところ、神の怒りは鎮まった」という内容です。この逸話は大和朝廷の統一が進む過程で、古来の地元神が統一国家への抵抗と屈服の過程を表現したものと言われていますが、人間の力の及ばない自然の猛威を表現した可能性も有ります。
 赤野井湾遺跡で見つかった土製人形は琵琶湖の湖岸で荒ぶる水の神を鎮めるために祈りを捧げたものでしょうか。(濱 修)

《参考文献》
・滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会(1998)『赤野井湾遺跡』琵琶湖開発事業関連埋蔵文化財調査報告2 

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