調査員オススメの逸品 第205回 念仏銭-竜王町堤ヶ谷遺跡-

 昨年度、私は滋賀県埋蔵文化財センターで整理調査を担当することになりました。取りあつかった遺跡は、以前に現地調査を担当した竜王町堤ヶ谷遺跡でした。この遺跡は、遺跡の範囲内で、丘陵全体を切りくずして工業団地を造成する工事が計画されたため、事前調査を実施することになったのです。調査の結果、山のあちこちに、さまざまな時期や性格の遺跡が点在しており、そのうちの一か所で中世後期から近代にかけての墓地がみつかりました。
 この墓地は南から東向きの丘陵斜面一帯に位置します。調査の結果、この墓地は次のような変遷をとげたことがわかりました。
 まず、15世紀末~16世紀頃に丘陵斜面の谷付近で火葬墓(荼毘墓:だびぼ)がいとなまれます。荼毘墓とは、お棺を墓穴におさめ、その場で火葬するタイプのお墓のことです。その後、17世紀前半~中頃に谷付近に火葬場がつくられました。つまり、この段階では、墓地のなかで火葬場が固定され、そこで火葬するように変化したことになります。さらに、18世紀後半~19世紀頃には丘陵の東斜面に座棺を埋納した墓が多数つくられました。この段階までは火葬が主流でしたが、土葬がそれにとって代わったわけです。

E区 SK-3石組出土状況(南から)②

17世紀前半~中頃の火葬場跡

E区南側土盛(北西から)2

火葬の燃料材や炭化物でできた土塁状の土盛

 この墓地の調査では、火葬場の周辺に、大量の炭を含んだ土があたかも土塁のように盛りあげられていました。火葬場で火葬すると、燃料材などの多量の炭化物が発生し、それらを周囲にかきだして掃除した結果、このような周囲の「土塁」が形成されたとかんがえられました。そして、この炭化物のなかから約80枚におよぶ銅銭が出土したのです。これらの銅銭はもともと火葬されたお棺のなかにおさめられていた「六文銭」-俗にいう三途の川の渡し賃-でしたが、お棺が燃えつきるとともに地面に落下した六文銭は、周辺を清掃するさいに炭化物とともに周囲へかき出されたのでしょう。
 さて、これらの銅銭を埋蔵文化財センターに持ちかえり、一枚一枚きれいにクリーニングをして、銭の種類を判別し、拓本と計測作業をすすめました。大半は江戸時代の寛永通宝で、それ以外は中世の渡来銭であることがわかりましたが、作業過程で一枚の銭に目がとまりました。普通の銭は、丸い円板の中央に四角い孔があけられ、その四方に「寛永通宝」といった銭銘が一方向に配されているのですが、その銭は銭銘が「南無阿弥陀仏」であり、かつこの六文字が方孔の周囲をぐるりと取りまくように時計回りで配置されていました。
 このように「南無阿弥陀仏」と鋳出した銭を「念仏銭」といいます。正式な流通銭ではなく、貨幣類似品であり、古銭収集界では絵銭の一種として取りあつかわれているそうです。ちなみに、本例のように「南無阿弥陀仏」とするもの以外に、「南妙法蓮華経」とする例もあって、「題目銭」とよばれています。
 このような「念仏銭」・「題目銭」ですが、1999年段階では、全国で念仏銭が44例92枚、題目銭が7例7枚出土していました。ただし、その後の出土例があるので、現在ではもう少し遺跡数・点数は増加しているはずです。滋賀県の出土事例としては大津市杉谷遺跡の念仏銭がしられていたので、今回の堤ヶ谷遺跡の例は県内2例目の念仏銭の出土例となります。

念仏銭

念仏銭


 この大津市杉谷遺跡もやはり墓地の遺跡であり、みつかった墓穴の一つから、寛永通宝4枚・永楽通宝1枚とともに、念仏銭1枚が出土しています。合計六枚なので、六文銭でしょう。この六枚のなかには、江戸時代になって鋳造された寛永通宝がふくまれるので、江戸時代のお墓であるとみてまちがいありません。さらに、永楽通宝という中国からの渡来銭を1枚ふくんでいるので、渡来銭がまだ流通していた時期-つまり、通貨が寛永通宝に統一される以前の江戸時代でも比較的早い頃-17世紀中頃に位置づけられます。
 念仏銭・題目銭にかんする鈴木公雄先生の研究成果では、念仏銭は17世紀中頃から18世紀前半にいたる約1世紀間に製作・使用の中心があるとされています。堤ヶ谷遺跡の場合、火葬場の稼働時期は17世紀前半以降18世紀後半まで、杉谷遺跡例の埋納時期は17世紀中頃とかんがえましたが、これは鈴木先生の想定とも整合しています。
 このように、堤ヶ谷遺跡の墓地では、15世紀末から江戸時代、そして近代にかけての墓地の変遷-火葬から土葬へ変化したことを裏づけられた点は大きな成果でした。
 今回の調査では墓地から多数の銭が出土しましたが、それらは冥界での安寧を願って死者にもたせた六文銭の名残です。念仏を刻んだ銭ならば、往生へのより一層の効果が期待されたのかもしれません。この竜王の地に行き、生を終えた人-彼もしくは彼女の冥界への安全な旅立ちを願って添えられた念仏銭。一枚の念仏銭をみて、そのような想像をしたくなりました。

(辻川哲朗)

【参考文献】
大津市教育委員会(1980)『日本住宅公団仰木地区土地区画整備事業対象地内埋蔵文化財包蔵地調査報告書』
滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会(2017)『堤ヶ谷遺跡』
鈴木公雄(1999)『出土銭貨の研究』東京大学出版会

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