調査員オススメの逸品 第214回 土の下の「超状態」

写真1 笄

写真1 笄

写真2 簪

写真2 簪

写真3 ハエの蛹

写真3 ハエの蛹

写真4 炭化大麦

写真4 炭化大麦

写真5 掘り出したばかりの鮮明な木簡

写真5 掘り出したばかりの鮮明な木簡

写真6 時間がたって黒くなった木簡

写真6 時間がたって黒くなった木簡

 写真1は骨で作られた笄(こうがい)です。髷(まげ)を留めるために使われた整髪具です。1000年ほど前のもので、長浜市の塩津港遺跡から出土しました。
 珍しい遺物ですが、骨製品自体が発掘調査で出土することが珍しいのです。骨はほとんどが土中の酸や菌などによって分解し、形を失ってしまうからです。しかし塩津港遺跡は地下2~4mの深いところに存在します。その場所は今の琵琶湖の水位よりも深く、厚い土と水パックされたような状態の場所です。土と水で封じ込められたその場所は、酸素が無くバクテリアや菌の繁殖も無い「超無菌無酸素状態」なのです。この超状態が不思議な現象をもたらします。
 鹿の中足骨で作られた笄は1000年たった今も昨日作ったかのようなピカピカの状態です。簪(かんざし)のような細く繊細に作られたものも当時の状態を保ったまま出てきました。骨だけではありません、写真3はハエの蛹です。繁栄の裏返しとして食物ゴミの多かったことを示す資料ですが、これも「超状態」がもたらした資料です。超状態の土がハエの蛹を1000年間も分解させなかったのです。
 超状態がもたらしたハエの蛹を資料化するために土中から取り出しました。諸事情の関係から密閉容器に3年ほど入れっぱなしになっていたのですが、資料はこの間何事もなく保管されていました。これに保存処理の前段階として保湿と殺菌のため10㌫のエチルアルコール水溶液を吹きかけました。そして、数日後に事件が起こったのです。資料が真っ白いカビだらけになってしまったのです。超状態がもたらしていた均衡が希釈アルコールによって崩れ、カビの大繁殖となったのです。あわてて、100㌫アルコールで滅菌しカビを退治することはできましたが、予測していない事態でした。
 写真4は大麦です。塩津港遺跡では交易品の実物資料として調査用のコンテナ2杯分が出土しました。出土した麦はみんな真っ黒に炭化していました。炭のようになったのは火事にあったためではありません。これも「超状態」の仕業のようです。通常の状態だと麦のデンプンやタンパク質はいち早く分解されてしまうのですが、超状態では還元状態の土が酸化したくてデンプンやタンパク質の酸素を直接奪い取るようです。結果として麦は炭化してしまうのです。米も同じで、炭化した状態で出てきます。
 超状態のところから出土した木は1000年たっても現在の木と変わらないような状態で出土します。ところが、掘り出して空気中に置いておくと10分もたたないうちに真っ黒に変色してしまいます。わずかに含まれる鉄やマンガンが酸化して真っ黒にしてしまうのです。そのため、貴重な木簡の墨書も掘り出した直後は黒々と文字が見えているのですが、あっという間に見えなくなってしまうのです。保存処理では金属キレーション剤などを使って金属イオンを捕獲させて漂白を試みるのですが、効果はわずかです。
 発掘調査では出土した状態の記録を取るため、出土してから取り上げるまでに時間がかかります。大きな木簡が出土し、写真などを撮っていたら夕刻となったため、図面での記録は次の日になったことがありました。この時点で、奇麗だった木肌はすでに真っ黒に変色してしまっていました。木簡を保護するため、一旦周りの土で覆ってその日の調査を終了しました。翌日、覆っていた土を取り除くと、あら不思議、木肌がピカピカに戻っているのです。超状態の土は蘇りの力をも秘めていたのです。
 銅銭も超状態の土の中ではピカピカです。掘り出してしまえば輝きを失い、黒くなってしまいます。しかし、また埋めて置けばピカピカに戻ります。土の中に埋められた銅鐸や銅剣も超状態の土の秘めたる力を期待したのではないでしょうか。

横田洋三

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