調査員オススメの逸品 第227回 願いを込めて作られた船 ~船形代~

舟形代

高島市上御殿遺跡から出土した舟形代

 木で作られたおもちゃのように見えるこの遺物は、高島市上御殿遺跡から出土した船形代です。これは、古代の祭祀などに使用された道具のひとつとして知られています。弥生時代から作られており、木製の祭祀具のなかでは古くから存在するものです。この遺物は、板材の両端を尖らせて形を作ったものや、角材や半截した丸木をくり抜いて立体的な形を作ったものなどがあります。立体的なものには、くり抜いただけの丸木舟のような形のものもありますが、丸木船にいくつかの部材を組み合わせた準構造船の形をしたものなども作られています。なかには、帆柱の存在を想定できる穴があけられたものなどが見つかっています。
 船は、縄文時代から重要な移動手段として使われていました。琵琶湖沿岸にある遺跡からは40隻以上の丸木舟が出土しており、米原市の入江内湖遺跡で見つかった縄文時代前期(約4500年前)のものが最も古いものとして知られています。弥生時代なると、丸木舟だけでなく準構造船も使われるようになります。この舟は、構造的に強く、安定性にすぐれるなど性能が高いもので、大型のものは外洋を航行して大陸との行き来に利用されたものです。ただ、琵琶湖やその周辺を描いた鎌倉時代の絵巻には丸木船がよく描かれており、この時代になっても波の少ない琵琶湖では丸木舟が盛んに利用されていたようです。現代のように車や電車などがない時代において、船は人や物を運ぶ優れた交通の手段でした。
 このような船をかたどった船形代の役割には、二つの見方があります。ひとつは、航海の安全を祈願するために水神への捧げものであったとするものです。「「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」として2017年に世界遺産に登録された福岡県沖ノ島は、宗像大社の沖津宮がおかれた玄界灘に浮かぶ神聖な島です。日本列島と朝鮮半島との間に位置することから、航海の安全を祈願した祭祀が古墳時代から行われており、多くの遺物が出土しています。その貴重な遺物のなかに、木製のものと同じ形をした滑石製の船形代があり、奈良時代終わりから平安時代初めにかけて神様に捧げられた奉献品のひとつであったと考えられています。
 もうひとつは、悪いものを別の世界へと運ぶ乗り物であったとするものです。身を清める祓では、身についた罪や穢れを人形代に移します。この人形代を別の世界へと運んでくれるのが馬形代や船形代であったと考えられています。平城宮の壬生門前の溝からは、大祓に使われたとされる人形代などの遺物がたくさん出土しており、船形代も含まれています。船形代の底には小さな穴があり、差し込まれた棒によって地面に挿して立てられていたと考えられています。福岡県の元岡・桑原遺跡群から出土した木簡には、祓の際に使用する物品を書き記したものがあります。折敷の底板に書かれた物品には、人形代や馬形代などともに「水船四隻」とあり、船が用意されていたことがわかります。祓と船との関係を示すもので、罪や穢れを運んでくれることを期待して用意されていたのかもしれません。
 古代の人々にとって、船は重要な乗り物であり、特別な存在だったのでしょう。おもちゃのように見える船形代は、古代の人々がさまざま願いをこめて作った貴重な逸品といえます。

中村智孝

【主な参考文献】
金子裕之編(1988)『律令期祭祀遺物集成』
公益財団法人滋賀県文化財保護協会(2010)『琵琶湖の港と船』(シリーズ近江の文化財003)
島根県立古代出雲歴史博物館(2015)『百八十神坐す出雲 古代社会を支えた神祭り』
奈良国立文化財研究所(1985)『木器集成図録 近畿古代篇』
弓場紀知(2005)『古代祭祀とシルクロードの終着地 -沖ノ島-』シリーズ「遺跡を学ぶ」013 新泉社

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