調査員オススメの逸品 第215回 ひっくり返したら「神功開寶(じんぐうかいほう)」!

 2017年5月――つい最近出会った逸品です。法養寺遺跡・横関遺跡(犬上郡甲良町)を発掘調査していたときのこと。同遺跡は、滋賀県東部を流れ琵琶湖に注ぐ一級河川犬上川の左岸扇状地に位置します。周辺には昭和50年代後半から行われた多くのほ場整備にともなう発掘調査成果を中心に、一帯には7~8世紀を中心とした集落跡が広がっていることがわかっており、集落の変遷などの研究が進められてきました。
 さて、検出した竪穴住居跡を掘り始めてまもなく、鈍く光るものをみつけました。よくみると、円形で薄そうな金属製品。掃除をすると、直径2.5㎝ほど、少し褐色を帯びた茶色で、中央に方形の穴があいているのがわかりました。お金が裏向きになっていると考え、写真や位置の情報をひかえて取り上げました。表面の文字を確認するために下を向いていた表面の泥を取り除くと、時計回りに「神」「功」「開」「寶」の文字が。「皇朝十二銭」の「神功開寶」でした。

神功開寶・切抜きIMG_0072

神功開寶


 日本で最初のお金は「無文銀銭」です。同シリーズでも紹介されていますが、銀板をたたいてつくった、薄く、ややいびつな円形で、中央に穴があいています。地金価値で取引されたため、重さを調整するために無造作に銀を張り付けたものもあります。次が603年から製造された「富本銭」。はじめての国産鋳造銭貨といわれており、一度に複数個を鋳造したことのわかる枝分かれした形状の鋳型もみつかっています。そして708年初鋳の「和同開珎(わどうかいちん※1)」をはじめとする12種の鋳造銭「皇朝十二銭」。963年まで製造されましたが、粗悪品や偽造品も多かったため、その後は長らく明銭、宋銭など中国のお金を輸入して用いられるようになります。再び国内でお金が造られるようになるのは戦国時代以降となります。古代の銭貨は全国で1万点を超えますが、近江では3千点近い数の皇朝十二銭がみつかっており、そのうち「神功開寶」は500枚以上がみつかっています。
 さて、「神功開寶」は皇朝十二銭の3番目のお金で、765年から製造されます。そのひとつ前が「萬年通寶(まんねんつうほう)」で、760年から造られています。この頃、政権の中枢にいた藤原仲麻呂によって新たな政策が次々と打ち出されています。少し歴史をおさらいしましょう。仲麻呂の曽祖父は“乙巳(いっし)の変”で中大兄皇子(天智天皇)、大海皇子(天武天皇)と共に蘇我氏を滅ぼした藤原(中臣)鎌足、祖父は大宝律令を編纂し平城遷都にも深く関わった不比等、父は中央政権の中心的人物で近江を治めた武智麻呂、時の天皇聖武の后・光明子は叔母にあたります。そして、仲麻呂も政府の重臣で近江守であり、近江南部に保良(ほら)宮を造り、政敵である橘諸兄や橘奈良麻呂の乱を押さえ、天皇から恵美押勝(えみのおしかつ)の名を賜り、権力を盤石なものにしていきます。しかし、光明子が亡くなり、その子の孝謙上皇が病に伏すと状況が一変します。病平癒の祈祷に来ていた僧・道鏡が上皇の寵愛を一身に集め、仲麻呂とその政策はことごとく否定されていくようになるのです。危機を感じた仲麻呂はクーデターを起こしますが、情報が洩れるなど始終不利な状況に追い込まれます。近江とつながりの深かった仲麻呂は、近江の北西部にあった愛発関(あらちのせき)を通り北陸方面へ逃れようとしますが、最後は近江高島の勝野で妻子従者と共に、殺されてしまいます。そして翌年造られたのが「神功開寶」。これはいわば、“恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱平定記念硬貨”ともいえるでしょう。
 これより少し前になりますが、663年に“白村江の戦”で敗北すると、都が近江大津宮に移されます。その後も壬申の乱、紫香楽宮の造営、大仏造営の詔・・・、7~8世紀はかなりめまぐるしく展開される激動の時代、かつ、近江が非常に密接に関わる時代なのです。その只中につくられた「神功開寶」。飛鳥時代~奈良時代はこんな時代・・・、頭では理解していたつもりでしたが、調査現場で「神功開寶」を目にした瞬間、様々な歴史の出来事が、実に鮮烈になだれ込んできたのです。間近に出土したことで歴史のリアルさが凄みを増した瞬間でした。国内の様子、海外の情勢、生活、技術、生産・・・、当時の様子に思いを馳せ、改めて新鮮な思いで調査に臨みました。
 今回紹介した「神功開寶」は、検出した竪穴住居跡内の最上層からみつかったので、住居の廃絶後のものと考えられますが、近江と深い関わりのある激動の時代の貨幣「神功開寶」は、いつにもまして近江の7~8世紀を改めて考えるきっかけをくれた、ごく最近出会った“逸品”です。

中川治美

※1 「神功開寶」は「じんごうかいほう」、「和同開珎」は「わどうかいほう」ともいわれる。

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