
オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 No.51 日本の伝統楽器「こと」―ひとの心を奏でる逸品―
しかし、構造や形状は異なりますが、“こと”といわれる楽器は、すでに縄文時代からありました。彦根市松原内湖遺跡から見つかった “こと”は日本でも最古級の縄文時代後期のものです。形状から「ヘラ状木製品」とも呼ばれており、座って楽器を斜めに持ち、両手の指で演奏する、アイヌのトンコリと似た奏法とも考えられています。
はじめて「こと」の出土品や「弾琴埴輪」を見た筝演奏者から、「どちらが手前で、どちらから弾くのか」と聞かれることがあります。いまの箏のイメージだと楽器の向きが逆に思えるものがあるからです。現代の箏は弾く側の方が幅広で、楽器上面に張られた絃どうしの幅もこの弾く側の方が広く、放射状になっています。そして、こと柱を立てて音程を調節し、3本の指にはめた爪と素手の残りの指によって絃をしならせ、はじくことにより音楽を奏でます。現代の箏では当たり前のイメージの柱や爪も、遺跡から見つかった“こと”をみると、柱を持たないものや撥(ばち)を持つものなどがあります。これらは、箏とまったく奏法の異なるものであると考えられ、琴や和琴(わごん)、筑(ちく)などと似た奏法が推定されていています。
また、遺跡から見つかった“こと”の構造や材質では、現代の箏のような“鳴る楽器”ではなく、“あまり鳴らない楽器”だということが推定されています。現代では、楽器は、広い空間で多人数に向かって音楽を奏でるのに耐え得ることが要求されるので、いかに“鳴る”か、また素敵に響くかが楽器の優劣の大部分を左右します。
材質の違いは用途の違いを示しているのかもしれません。材質や構造が少しずつ変化していったことが感じられます。
ところで、“こと”が、純粋に音楽を演奏し鑑賞するという目的で用いられるようになったのは、実はごく最近です。装飾を凝らした箏が“床の間の飾り”として置かれていることもありますが、これも芸術性に優れた高価なものとして奈良の正倉院宝物などと重ね合わせて考えると、権威を示すものであったり、威儀具としての役割を持つものとして捉えることができます。
実際、遺跡から見つかった柱には、大きさやつくりが実用的でないと考えられるものもあり、楽器を奏でる代わりの「形代(かたしろ)」のような役割を担ったと考えられます。
このように、日本の“こと”は今から3000~4000年前の縄文時代後期から存在し、単に音楽を奏でる楽器としてだけではなく、神と交信するための道具ともいわれ、権威を示すものであったり、ときには『源氏物語』にも出てくるような恋のかけ引きの道具であったりと、長らく人の心に深くかかわる楽器として存在してきました。遺跡から見つかった “こと”は、古来から続く音と人とのかかわりを教えてくれる貴重な逸品です。
(中川 治美)
《参考文献》滋賀県立安土城考古博物館『王権と木製威信具-華麗なる古代木匠の世界-』2005
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