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鴨稲荷山古墳出土 金銅製飾履レプリカ

オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.100 祝100回!! -鴨稲荷山古墳出土 金銅製飾履レプリカ-

近江八幡市

「炸裂!16文キック!」
偉大なる格闘家であらせられるジャイアント馬場さん、その必殺技にテレビ(もちろん白黒)の前の私は熱狂の時を過ごしました。そして、兵器とも言い得る16文(16×2.4=38.4㎝)の巨大な「おみ足」に畏敬の念すら覚えたのです。
ところで、5世紀後半から6世紀前半にかけて作られた古墳からは、「16文」級の履(くつ)が出土することがあります。やや小さいですが、高島市の鴨稲荷山古墳からも約36㎝の履が見つかっています。「馬場さんのルーツは高島か」と思いきや、内側の長さ1.76mの石棺に身長2.09mの人物を葬ることは、ちょっと無理なようです。
それはともかく、この鴨稲荷山古墳から出土した「16文級」の履のレプリカが今回の一品です。どうです、このきらびやかな履! 一品に押す理由は説明の必要もないでしょう。本物の出土品は痛みが激しく展示できないことから、滋賀県立安土城考古博物館ではレプリカを作成して、その姿を皆様に見ていただくようにしたわけです。

鴨稲荷山古墳出土 金銅製飾履レプリカ
鴨稲荷山古墳出土 金銅製飾履レプリカ

ゆっくり観察してみましょう。まず、金銅製という「ド派手さ」が最大の特徴です。ジャマイカの英雄ウサイン・ボルト選手が履く伝説の「黄金スパイク」と良い勝負、目立つこと請け合いです。そういえば、彼の足も大きい。しかし、この履はとても薄い金銅の板で作ってあるため、大変弱いことが弱点です。ボルト選手の全力疾走どころか、普通に一歩踏みだしただけでも壊れてしまう「役立たず」の履と言えそうです。
次に、履の底まで「飾りもの」がぶら下がっています。よく見れば魚の形をしています。これは「魚形歩揺(ほよう)」といい、冠などにもぶら下げて、「ゆらゆら揺れる」ことを目的にした仕組みです。女子高生の携帯ストラップ級で、「派手さ」は満点ですが、これを履の底に付けるとは、普通に歩くことを考えていない証拠です。
つま先が大きく反りあがっている点も特徴です。童話に出てくる悪役魔法使いの履のようで、いかにも「エラそうな」形です。しかし、滑って歩きにくそうに見えるのは私だけではないでしょう。これも見た目を強調している特徴なのです。

話は戻して、馬場さんの16文キック、思い出してください。ロープへ相手を投げ飛ばし反動で戻ってくるまでの間、馬場さんは右足を腰の高さに上げて、待ちかまえていました。私たちはキックの威力よりも、その馬場さんの姿、つまり、高々と持ち上げられた巨大な「おみ足」に畏敬の念を感じていたのです。鴨稲荷山古墳の履もこれと同じです。普段に使う履ではなく、見せることで巨大な権力を示し、人々から畏敬と尊敬を集めようとした、そんな履と言えそうです。
ここで問題となるのは、鴨稲荷山古墳の被葬者が、その履をどこで見せていたかということです。まさか、リングに登場したわけではありません。椅子に座って儀式に臨む時や輿に乗せられムラムラを巡視している時、馬に乗っている時など、色々な場面が考えられます。しかし、よく解っていないのが現実です。が、ここでは1つ面白い考えを紹介しておきます。
韓国の武寧王陵(鴨稲荷山古墳と同じ頃の百済の王様の墓)からは、「遺骸の足」を乗せる台と履が一緒に出土しています。横たわった武寧王の足を持ち上げて、足を見せるための装置です。武寧王の葬儀ではお后さまと一緒に埋葬するために、長い期間が必要であったと考えられています。その長い期間を中心に、お葬式の場面で金色の履を履かせ、その足を高く掲げていたとも考えられています。長い待ち時間の馬場さんのキックと同じ効果です。つまり、実用的ではない見せるための履は、お葬式を荘厳に見せるため、「あの世」へ行くための履と考えるのです。
さて、皆様は、この金ピカのド派手な履、どのように使われたと考えますか? 実は2月9・10・11日の3日間、イオンモール草津のイオンホールでこのレプリカの履を展示します(註:終了しています)。実物をじっくり観察して考える。皆様も参加してみませんか?

最後に、格闘技を見ながら考古学も勉強できる。ジャイアント馬場さんこそ、私の真のおすすめです。

(細川修平)

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