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掘っているT氏

オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.113 私の悔しい思い出の逸品 -西万木遺跡の???-

高島市

遺跡の調査に携わる者なら、誰しも自らが調査する遺跡で目の前に現れた遺物や遺構に感激したり、興奮したりしたことがあると思います。私も約25年間滋賀県内の遺跡の調査に携わり、いろいろな遺構や遺物と出会ってきました。今回は、いい遺物に出会ったにもかかわらず、悔しい思いをしたお話をしたいと思います。
遺跡を調査していて最もお目にかかる遺物は土器類です。また、遺跡によっては石器や瓦類が最も多く出土する場合もあるでしょう。しかし、金属製品や木製品は、腐ったり錆びたりしないための良い条件に恵まれなければ出土しません。中でも「銭」や「鉄釘」以外の金属製品にはなかなかお目にかかる機会はないのです。「銅鏡」や「銅鐸」など、青銅や銅製の良い遺物に一度は現場で巡り会いたいなあと思っていた私にも、チャンスが巡ってきました。

掘っているT君
掘っているT君

平成20年の秋、私は同僚のT君と高島市安曇川町の西万木遺跡の発掘調査に従事していました。室町時代終わり頃の館の跡が見つかり、その周囲を巡る大きな溝の跡が調査区いっぱいに広がっていました。調査期間の制約もあり、その溝を一刻も早く掘りあげようと必死の毎日でした。そんなある日、私が大溝、T君はそれ以外の遺構の掘り下げを作業員さんとしていると、私がいた所からちょっと離れた場所で作業をしていた作業員さんが、私を呼びました。「は~い」とそちらの方へ行き、作業の指示をして、それまで私が作業していた場所へ戻ると、T君がしゃがみ込んで必死に何かを掘っています。「!!」何やら文様のある銅製品が見えます。

私 「あ~っ!何でおまえ掘ってんねん。」
T 「岩橋さん居てへん間に出てきたし掘ってまっせ。」
私 「!!! やられた~。」

土の中から現れた珍品
土の中から現れた珍品

掘り進むと、細長い頸の銅製の壺で、ほとんど欠けるところなく残っていそうです。さらにきれいにすると、器面には雷文(ラーメン鉢の文様)や渦巻文が見えてきました。しかもどうやら器面に黒漆を塗っているようです。T君は壺をきれいに掘り出すと満足げに立ち上がりました。出土状況の記録をとり、土の中から掘り出したところ、2つあるはずの耳が片方なくなっている以外はほとんど無傷のものであることが分かったのです。今まで2人とも見たことのない遺物、いわゆる珍品でした。

写真撮る岩橋
写真を撮る私

その後の整理調査で、この壺は双耳長頸瓶というもので、耳の部分は龍が口を開けて舌を伸ばした表現になっていることから、龍耳瓶とも呼ばれるものであることが分かりました。さらに、この銅器はいわゆる「倣古銅器」で、中国の宋・元・明代に古代の銅器を模倣して作られたものだったのです。そして、この館に住む人物は、「唐物(中国からの輸入品)」を入手できるルートを持ち、こういったものを座敷飾りなどとして珍重することを知っていたことがわかったのです。

双耳長頸瓶
双耳長頸瓶

こうして私の珍品銅製品発掘の機会は終わってしまいました。あと5分この遺物が土の中から現れるのが早ければ・・・、あと5分作業員さんが私を呼ぶのが遅ければ・・・、この遺物は私がこの手で掘っていたに違いありません。まるで私の手の中にあったとびきり上等なウナギが、するっと滑ってT君が持っていたザルの中に飛び込んでしまったかのような出来事でした。その後数年たちますが、まだ私にこのような遺物を自分の手で掘る機会はありません。どうやらまだまだ修行が足りないようで、発掘の神様は私のところには降りてきてくれないのです。あまり欲を出してはイケナイのですがね・・・。でも、この件があって思ったことがあります。私は47歳になりますが、いくつになっても自分の手で良い遺物や面白い遺構を掘り出すのは楽しいですね。こういう気持ちがあるから、あの時は悔しかったんだな・・・と。

今回紹介した西万木遺跡の出土遺物は、現在は高島市教育委員会で保管されています。

(岩橋隆浩)

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