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調査員のおすすめの逸品 No.31 もしかして金の毛抜き!!―夏見城遺跡出土毛抜き―

湖南市

いつの時代も身だしなみには気を使うものです。今回紹介する逸品は、今も昔も身だしなみの必需品「毛抜き」です。この毛抜きは、湖南市夏見にある夏見城遺跡から出土したものです。夏見城は、現在も字名に残っているように、土豪であった夏見氏の居城といわれている城です。現地は、城跡といっても雑木林の中に土塁状の高まりと、堀状の窪地の一部が地表面で確認できるだけで、これが城跡ですよと説明されなければなかなかわからないような状況です。

毛抜き
毛抜き

この雑木林の北東側を調査を行い、城に伴う溝跡がみつかりました。溝内からは瓦や瀬戸美濃焼・信楽焼・常滑焼といった陶器類、白磁・青磁・染付といった輸入磁器類などの遺物が多量に出土し、16世紀の前半代を中心とした時期のものであることもわかりました。そして、「毛抜き」は、溝の肩部に設置された護岸用の石材の下部からみつかりました。みつけたのは、溝を掘削していた作業員さんでしたが、きらきらと光る「毛抜き」をみて、現代のものだろうと思って私を呼びました。呼ばれた私は出土位置を確認すると現代のものが混じる土層ではないことを確認し、他の出土遺物と同時期のものであることを確信しました。
「毛抜き」は、長さが8㎝、重さ15.6g、横からみた形状が撥形をしています。先端部分が少し曲がっていますが、完形品です。この「毛抜き」の特徴は、指を当てる面の部分に鶴と沢瀉(おもだか)が彫金されています。鶴は翼を広げたデザインで、羽根の部分を毛彫りで表現しています。また、沢瀉とはなじみのない方が多いかもしれませんが、田んぼでもみられる水生植物で、葉の形が三角形の特徴的な形状をしています。この「毛抜き」、伝世品の例から単品で用いるものではなく、手箱とよばれる化粧道具入れの中に鏡や櫛、鋏、耳かきなどと一緒に保管されているものであることがわかっています。そのことから、持ち主は「毛抜き」にあわせたしつらえの品々を持っていたと考えられます。

沢瀉面(左)鶴面(右)
沢瀉面(左)鶴面(右)

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。写真をみていただいたらわかりますが、この「毛抜き」まさに金色をしています。当然のように「金製の毛抜き」ではという話になりました。そこで、素材を確認するために、蛍光X線分析という素材を分析する機械にかけることになり、分析をしていただくために大阪まで出かけました。その結果、残念ながら真鍮(黄銅:亜鉛と銅の合金)であることが判明しました。この結果には,期待していた分、非常に落胆しました。たしかに、真鍮は江戸時代以降、金の代用品として盛んに使用されることから、見た目は金によく似ています。さらにこの後追い打ちをかけるようなものに遭遇します。それは、丁度その時、大阪歴史博物館で「ペルシャ文明展」が開催されていましたので、気を取り直して観覧することになりました。展示では、所狭しと金工品が並べられており、本物の金は輝きが違うことを実感することになりました。これで一緒にいった上司とともにさらに落ち込んでしまいました。
でも、いいわけではありませんが、金であろうとなかろうと(金にこしたことはないのですが)、施された彫金の素晴らしさは変わりません。「毛抜き」のような細かな道具にもこだわりを持った持ち主を想像するとなんだか楽しくなってきませんか。いろいろな思いをかきたててくれる逸品ですが、この毛抜きにまつわるエピソード、「あなたの毛抜きは金ですか、銀ですか、鉄ですか」とイソップ物語顔負けの話だと勝手に思っています。

(堀真人)

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