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オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.35 薄葉紙-万能和紙-

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「うすようし」というとあまり耳慣れない言葉だと思いますが、一般的にはシガレットペーパーや謄写版原紙などの薄い紙の総称で、今日私たちが日頃 よく見かけるのは、例えば、洋服を買ったときなどに包んでくれる薄い紙が代表的なものだと思います。

薄葉紙
薄葉紙

薄葉紙のなかでも、通常文化財の梱包に用いられるものは、一方向だけに裂けるように漉いた繊維の長い和紙系の薄紙です。通常、文化財の梱包に用いられ る梱包材料は、エアキャップ(缶入りクッキーの中に入っているプチプチ)・不織布や綿など、さまざまなものを用途に合わせて使い分けています。薄葉紙は、 乾いているものなら土器や石器、骨角製品、木製品、金属製品、…………の各種素材の埋蔵文化財から、はては仏像まで、ほぼありとあらゆる種類の文化財を 包むことが出来る、たいへん便利な優れものです。表面がなめらかで、どんな素材に対しても刺激が少なく、対象物の大きさに合わせて繊維の方向に裂き、紙 の大きさを適宜加減出来ます。また細長く裂き、撚って紐を作ることが出来、この紐は丈夫で、結んでつなぐことで長くすることも出来ます。クシャクシャと 揉んだり、適当に丸めて緩衝材にしたり、綿を直に物に触れないようにしたい場合は、綿を薄葉紙で包み、「わたまくら」という緩衝材を作ったりします。薄葉 紙は、包むものによっては、さら(未使用品)を必要とすることもありますが、くしゃくしゃでシワがあっても程よい加減であったり、小さく裂いたものでも紐 に撚ったりと何にでも使えるので、よほど汚れたり、こま切れにならない限り、何度でも使い回すことが出来ます。中古のものでもシワを伸ばし、大きさを分 けて保管し、大事に使います。薄葉紙・わたまくら・晒(さらし)さえあれば、梱包できないものはないと言っても過言ではないでしょう。

薄葉紙を使った梱包例
薄葉紙を使った梱包例

このような梱包材として万能な薄葉紙ですが、ちょっと変わった使い方もあります。それは、ある晩秋の頃、冷暖房設備のない展示室で、展示替えの作業をしているときのことです。スタッフの一人が寒がっていたところ、ベテランの学芸員が 「これを背中に入れてみい」と、ちょっとシワシワになった薄葉紙を二重にしたものを上着の内側に入れるよう勧めました。「これは“紙子(かみこ)”いうてな、 あったかいもんや」。本当に紙一枚背中に入れるだけで、ほっこり暖かくなりました。これと同じような使い方をする例として、初釜などの厳寒期に着物を着る 際、半紙を一枚背中に入れて、着付すると着ぶくれすることなく保温効果を高められるということを、母から聞いたこともあります。
「紙子」は紙衣(かみころも)のことで読んで字のごとく、和紙を材料にした着物のことです。平安中期以降、和紙が大量に作られるようになり広く普及し、和紙の 原料が麻クズであることから、紙本来の用途以外に、衣料として利用されたものです。紙は絹より安価で、貧乏人の利用する着物と思われがちですが、実は丈夫で 軽く、コンパクトで持ち運びに便利なため、武人や俳人などが好んで愛用した例もあります。
新聞紙やダンボールなど、どんな紙も一枚かぶせるだけで保温することができますが、身につけるには、洋紙よりも体になじみやすい和紙のほうが適していますし、薄葉紙のように薄くしなやかなものがベストです。

薄葉紙で作った紐
薄葉紙で作った紐

しかし、この薄葉紙、細く裂いて紐に使えるほどのものは、和紙系の質の良いものでなければならず、そのようなものはなかなか巷ではあまり売られていません 。美術品梱包に限らず、上質な物だからこそ様々な場面に使え、大事にして何回も使い回すことが出来るのです。廃棄しても土に還り、環境に負担の少ない優れも のなのですから、もっと日常的に使い易いように、文房具店等でも簡単に入手でき、少量からでも買えるようになっていれば、なお良いのになぁ~と思います。
このように薄葉紙は、単なる梱包材というより、日本が誇る現役の文化財として、その使い方とともに後世に伝えていくべき逸品の一つと言えるものだと私は思 います。

(小竹志織)

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