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崩落現場

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調査員のおすすめの逸品 No.93 高さ7mの磨崖仏を実測せよ!? ―3次元写真計測システム―

甲賀市その他

時代が進むとともに、測量機器も進化して賢くなり、便利になっていくのは良いのですが、頭と体がついていかなくなります。頭がついて行かないのは勉強すればなんとかなるのですが、体がついていかないのはどうしようもありません。体がついていかないといっても、体力の問題ではなく、人間の体の機能の問題です。人間には羽根がないので空を飛ぶことはできないし、エラがないので水の中では長時間動けません。
でもこの仕事をしていると、体の機能限界以上のことを求められることがあります。今回は、土砂崩れの災害復旧に伴う記録調査で活躍した測量システムのお話です。

崩落現場
崩落現場

調査は平成19年度に行いました。場所は甲賀市甲南町杉谷にある天台宗息障寺の裏の山です。鈴鹿山系の南端に位置し、標高は465m。土砂崩れの現場とは聞いていたのですが、想像以上に危険な場所でした。目的の磨崖仏まで行く参道の階段が一部崩れていたので、磨崖仏まで辿り着くのもやっとのことでした。
磨崖仏は高さ7m程の垂直に切り立った岩に線刻で描かれて、この岩自体も崩れる恐れがありました。磨崖仏の前に何とか作業できるわずか幅2m程度のスペースはあったのですが、すぐ下は崖。崩壊した階段や巨大な落石がゴロゴロ。またしても「どうしよう…」という感じです。命綱を着けて等倍で描いていこうか、それとも拓本か。いろいろ考えた結果、写真計測システムを使うことにしました。

3次元写真計測システムについて、まず説明しておきます。3次元写真計測システムとは、文字通り、3次元写真を使って被写体の大きさなどを計測するシステムです。「オルソ画像」などと呼ばれるのが一般的です。
まず垂直方向の基準となる棒を立てます。この棒の長さも測っておく必要があります。次にデジタルカメラで2枚以上の写真を撮影します。できるだけ高解像度で、広角レンズで、7割以上重ねる感じで撮影します(撮影するカメラ用に、あらかじめパラメーター(レンズの歪みを補正するデータ)を作っておきます)。撮影するときに、目印となるマーカーをあらかじめつけておくとより正確ですし、マーカーに任意の3次元座標(X・Y・Z)を設定しておくと、大きさなどもより正確に出ます。

磨崖仏
磨崖仏

このようにして撮影した写真を持ち帰り、パソコンで解析ソフトを使って3次元画像を作ります。データは点の集合で、何百もの点をつないで三角網を作り、その三角形に画像データをはめ込むようになっています。これらの作業はほぼ解析ソフトが自動的にやってくれますので、人間は間違っている点を見つけ出し、消去していきます(この作業が難しい。被写体の形をきちんと分かっていないと、とんでもない3次元画像となります)。でき上がった3次元画像には3次元座標が自動的に設定されていますので、画面上でクルクル回したり、大きさを測ったり、断面図を起こしたりできるようになります。
後は3次元画像をトレースするだけ、といいたいのですが、私はプロの測量士ではないので、3次元画像を印刷したものをもって再び現地へ行き、よ~く観察して描き足したりしました。3次元写真測量システムという少しカッコイイ名前からして、どれほど大掛かりな機械かと思われるでしょうが、使用するのは高解像度のデジタルカメラとパソコンの解析ソフトというシンプルな構成。でも解析ソフトのお値段はなかなかのものですし、数学が苦手な私は、それなりに使えるようになるのに1年程かかりました(もともとは他の業務のために導入したシステムです)。

実測図
実測図

さて、いざ実測へ。いきなり困りました。撮影にあたっては、ある程度距離をとって、正面から撮影すると効果的なのですが、なにせ対象となるのは7mの岩。足元は崖、どうしても見上げるように撮影しなければなりません。幸いなことに磨崖仏は線刻なので、三角網が少なくて済むのですが、見上げる撮影だと、どうしてもカメラから遠い上部の画像の歪みが大きくなるので、単純な垂直方向の棒を立てるという基準のとり方だと、誤差が大きくなってしまうのです。そこで磨崖仏の面に3次元座標を設定することにしました。
3次元座標の設定にはトータルステーションを使ったのですが、これまた困ったことが・・・。トータルステーションとは、簡単にいえば光の特性を使って距離や角度を測る機械で、座標を組んだり探したりするときに使います。機械には上下に動く望遠鏡のようなレンズがついているのですが、このレンズ、あまりに上方に向けると、接眼部が本体に隠れて覗けなくなるのです。じゃ、少し離れたところに設置して、と思ったのですが、土砂崩れの現場なので足場が良い所などほとんどありません。
いろいろ考えた結果、機能の中にレーザーポインターモードというのがあることを思い出しました。このモードは常にレーザーポインターを出し続けるもので、このレーザー光線を目標に当てて座標を測ることにしました。ところが、これまた困ったことが・・・。周囲が明るくて、レーザーポインターが見えない・・・。仕方なく岩の根元の暗い所にレーザーを照射し、上方へ移動させることにしました。ところが、さらに困ったことが・・・。レーザーが明るい所へ行くと、見失ってしまうのです。再び暗いところへレーザーを照射し、ゆっくりと上方へ移動させ、見失わないように慎重に、目を皿のようにしながら・・・。悪戦苦闘しながら、何とか実測を終えました。その図が掲載した実測図です。
磨崖仏のような巨大な遺構は、実測するのが大変ですし、昨今の異常なまでの豪雨などにより、露出している遺構はいつ崩壊してもおかしくない危機的状況にあります。せっかく測量機器が進化したのなら、使い方次第でどんな困難な測量も可能になるはず。少し勇気づけられた調査でした。

(重田 勉)

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