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オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.94 職人調査員こだわりの筆記具-高級鉛筆-

その他

私はアナログ調査員である。しかも職人である(あこがれているだけかも)。文化財調査の重要な技術に「実測」がある。これは、原則として原寸で対象となる文化財を図化する作業である(民具などの大きなものは縮小して描く)。図は適当に描けばよいというものではない。それなりに、日本共通の描き方が決められている。例えば、土器であれば正位置に据えた正面から見た土器を描くが、中心線の右側には土器の断面と土器の内面を、左側には土器の外面を描くことになっている。
出土した土器を共通の描き方で表現することにより、客観的に土器の形や作り方を情報化することができる。この作業の積み重ねにより、遺跡内、地域内、県内いや日本国中、最近では外国の土器とも客観的な比較が可能となり、これにより土器の年代決定や、土器を介した文化の伝播といった考古学の基礎が固められるのである。

鉛筆
鉛筆

何と真面目な文章だろうか。真面目な文章を書くと疲れる(もちろん読む方はもっと疲れるだろうが・・・)し、面白くない(もちろん読む方はもっと面白くないだろうが・・・)。

とはいいながら、実測は結構楽しい(大嫌いという調査員もいるが)。特に、外面に様々な模様がある土器や、複雑な籠を実測していると、高邁な実測の目的などいつしか忘れてしまい、ひたすら方眼紙を埋める作業に没頭してしまう。
この時に活躍するのが「鉛筆」である。しかもこだわりの鉛筆。商品名で云うと「H*-Un*」が最高である。10Hから10Bまで揃っているこの鉛筆群のうち、私がおもに使うのはHB・H・2Hの3種類で、まれに3HやBも使う。実測の際には対象の外形はやや柔らかめの鉛筆で色濃く描いていく。土器の表面に付けられた模様や調整痕(土器を作るときに付けられた道具の跡)は、なるべく質感が出るように硬軟の鉛筆を使い分けながら描いていく。

タテカゴ実測図
タテカゴ実測図

写真に示したのは、琵琶湖の冬の味覚「イサザ」の漁の際に、獲れたイサザを選り分けるために使う「タテカゴ」という竹製のカゴを真上から見た図である。口縁の竹の質感は鉛筆でないと出せませんな。
当然、1種類1本の鉛筆ではすぐにチビってしまい、効率が悪い。複数の鉛筆を削って机に並べ、次々に使っていく。全部使ってしまうとおもむろにカッターナイフを取り出し、丁寧に鉛筆を削る。この鉛筆を削る「間」が何とも言えず楽しい。鉛筆先の太さはカッターの使いようで自在に調整できるから、その時の作品(いや対象物)のイメージにより削り分ける。細かな調整痕や竹籠の稜線を描こうとすると、ものすごく鉛筆先を細く、しかも尖らせる必要がある。この時、普通の鉛筆とこの鉛筆の差違が明確に現れる。普通の鉛筆は粒子が粗く、旨く削れない上、均一な線が引けない。しかも紙をひっかくような感じがあり、イライラする。心静かに、しかも美しく作品(いや実測図)を描くためには、あの軸が紫で頭に金色のリングが付いた鉛筆が手放せない。
こうして使っていくと、当然鉛筆はちびてくる。高い鉛筆だからとことん使う。削りにくくなるほど短くなると、軸に新聞広告のような少々硬めの紙を巻き付けて軸を長くし、テープで巻きとめる。この紙巻き鉛筆を削ると極限に近い短さまで鉛筆を使うことができる。もう使えない!というまで使い込んだ鉛筆はとても愛おしく、ゴミ箱へポイなど、とてもできはしない。いそいそと缶や瓶に入れてコレクションしたものである。「ウーンよく仕事をした」という自己満足とともに。

ちびた鉛筆に軸をつける
ちびた鉛筆に軸をつける

おそらく実測もすべてデジタル化される時代が来るだろう。しかし、鉛筆を削り削り、どうしたら旨くこの調整線が表現できるだろうかと悩み、そして試行錯誤しながら技術を高めるアナログさは、調査員の基礎の基礎のような気がする。何より自分の手で実測図を描き上げる楽しさと、描き上げたときの充実感は、何にも代え難い。デジタルなんか**喰らえである。
時代に乗り遅れた職人(になりたかった)調査員の遠吠えでありました。

注 公益財団法人という性格上、商品名の明示は避けさせていただきました。また、文中の不穏当な表現も同様に避けました(笑い)。

(大沼芳幸)

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