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新近江名所図会

新近江名所圖會 第243回 田上山地砂防の護り~天神川の砂防堰堤

大津市
1963年の田上山 画像1
写真1 1963年の田上山

滋賀県南部に位置する信楽山地のうち、大津市東南部の瀬田川左岸から大石にかけて田上山地と呼びます。田上山地は花崗岩で構成され、風化の進行した場所には巨大な花崗岩の岩塊やマサ土※1が露出する景観がひろがります。写真1は、1963年撮影の田上山地鳥瞰写真ですが、山頂の白い部分は荒廃してはげ山と化した部分です。巨岩や奇岩が露出する景観から「湖南アルプス」と呼ばれ登山コースとして知られますが、かつては建築用材となる木々が生い茂る山でした。また、乱伐によって山地が荒廃すると多量の土砂が下流へ流出したため、明治6年(1873)から砂防事業を行った「近代砂防発祥の山地」でもありました。

鎧堰堤(下流側右岸より)画像2
写真2 鎧堰堤(下流側右岸より)
鎧堰堤詳細部  画像3
写真3 鎧堰堤詳細部

田上山の砂防事業は多量の土砂が流出した下流側の事情による影響が色濃く表れています。淀川の河口であり、江戸時代より川港して栄えていた大阪は、流入する土砂による河床低下によって港湾機能の低下と洪水に悩まされていました。慶応4年(1868)に安治川左岸の川口において開港した大阪港も、土砂による河床低下によって大型船が入港できず、国際港としての機能は著しく低下していました。
機能の低下した大阪港整備計画を命じられた御雇外国人のファン・ドールンおよび後任のヨハネス・デ・レーケは、淀川水系の上流部を視察して山林の荒廃を実見しました。その結果、大阪港整備の前提として土砂流出を防止する抜本的計画を明治政府に報告し、明治政府は明治6年(1873)に「淀川水源砂防法」を制定します。これは、淀川水系の上流に当たる地域の山林保護と植栽、砂防事業を国の直営で実施する法律で、後に制定される砂防法の基礎になりました。
「淀川水源砂防法」によって田上山も明治11年(1878)から国の直轄砂防事業となり、長い年月をかけて山林の回復と砂防の工事が実施されました。国の直轄事業は平成26年(2014)年まで続き、その後の管理は滋賀県に移管されています。
田上山地は近代砂防の黎明期から現代に至るまで砂防事業が継続されていることから、各時代の砂防施設が現存し砂防の歴史的変遷を実物で確認できるという希有な場所といえます。今回は、土砂の流出を防止する砂防堰堤※2(さぼうえんてい)のひとつで田上山において初期に築かれた「鎧堰堤」を紹介します(写真2、写真3)。
鎧堰堤は、湖南アルプスの堂山登山道の途中に位置します。鎧堰堤付近の道筋に堰堤の歴史を記した案内板があり、鎧堰堤の南側には、昭和35年(1960)に竣工した新鎧堰堤があって、堤上の見学路から鎧堰堤を俯瞰することができます。
鎧堰堤は内務省土木局技師の田邊義三郎が計画し明治22年(1889)に竣工しました。「日本砂防史」によると、この場所には前年度に完成した野面石積の堰堤がありましたが、それを嵩増しして流出した土砂を留め、あわせて保水力ももたせて植栽樹木の育成を助ける目的で改築されました。
堰堤の高さは6.8mあり、下流側の水が流れる法面は鎧堰堤の特徴ともいえる直方体の切石を並べて11段の階段状に築いています。これは階段状に水を落として水流を弱めることで下流部の洗掘※3を防止するためと考えられます。
同型式の砂防堰堤は、京都府木津川市不動川と草津市草津川に現存しています。

天神川1号堰堤(下流側左岸より)画像4
写真4 天神川1号堰堤(下流側左岸より)

なお、堂山登山口の手前に大きな砂防堰堤があります。これは「天神川1号堰堤」と呼ばれています(写真4)。太平洋戦争中の昭和18年(1943)に着工し昭和21年(1946)に完成しました。本堤と副堤で構成され、いずれも外見は積石ですが「粗石コンクリート※4」を中詰にして構築されています。昭和30年(1955)ころに満砂となったため昭和33年(1958)から34年にかけて嵩上げ工事を行っています。嵩上げ部分は上流側の外見が打ち放しコンクリート※5になっています。

※1 マサ土:花崗岩が風化して形成された砂
※2 堰堤:河川や渓谷を横断して築かれる堤防。(英語:ダム(dam))
※3 洗掘:流水によって河岸や河床が浸食されること
※4 粗石コンクリート:粒径80mm以上の骨材を使用したコンクリート
※5 打ち放しコンクリート:コンクリート型枠を外してむき出しのままの状態で外見を仕上げたもの。

なお、砂防堰堤は現役の施設です。見学可能な場所を除いて施設の立入は禁止されています。
砂防堰堤は擁壁の高低差が数m~10mあり、下流部は洗掘によって水深や水流も複雑なことから大変危険です。道路もしくは見学路沿いの安全な場所から見学してください。


※周辺のオススメ情報
同じ田上山地にある草津市上桐生には「鎧堰堤」と同じ工法による砂防堰堤が現存しています。
第222回の新近江名所図会で紹介されていますので、そちらを参照してください。

(神保 忠宏)

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