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調査員おすすめの逸品158 土色帖―土の色・土器の色を記録する便利ツール

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写真1 地面と遺構埋め土のちがい(白線でくくった黒っぽい部分が遺構の埋め土,まわりの茶色い部分が地面)
写真1 地面と遺構埋め土のちがい(白線でくくった黒っぽい部分が遺構の埋め土,まわりの茶色い部分が地面)

発掘調査の現場に見学に来られた多くの方は,トレンチのなかに点々と掘ってある穴をごらんになって,「どうして柱の穴や溝がそこにあるとわかるのか?」という疑問をいだかれるようです。そうした質問を何度もいただきました。たしかに,モノ(遺物)が出てくるのはわかるけれど,なぜそのような形・深さに穴が掘れたのか,お分かりづらいのかもしれません。
発掘調査では,薄くきれいに地面を削って,土の色や質のちがいを見つけていきます(写真1)。地面の色のちがいを注意深く見つけるだけでなく,削るときの手ごたえのちがいも感じようとします。つまり,視覚のみならず触覚も動員して,地面とそれに掘りこまれた穴(遺構)の埋め土とのちがいを探しだすわけです。黄色い地面に,黒の埋め土だったならわかりやすいのですが,そんな現場ばかりではありません。黒い地面に黒い埋め土といった場合もあって,どこが地面でどこが遺構なのか,何度削ってもさっぱりわからないこともあります。確信をもてないまま遺構として掘りはじめ,不安がつのったころにようやく遺物が出土すると,ほっとひと安心します。
さて,このように見つけた地面と遺構の埋め土のちがいは,遺構を構成する重要な要素の一つです。さらに,遺構の埋め土の色や質,堆積状況を観察すると,遺構がどのように埋まっていったのか,また埋まった後にどのような変化をうけたのかといったことも読み取ることができます。たとえば,粘土と砂が交互に堆積した溝は,水が緩やかに流れた状態と比較的早く流れた状態が交互に繰り替えされながら,しだいに埋まっていったという過程がかんがえられるわけです。ゴミ穴のように開いた状態で機能した遺構なのか,柱穴のように埋めた状態で機能した遺構なのか,それを判断するには埋め土の観察が不可欠です。となると,遺構内にどのような土がどのように堆積したのか―遺構の堆積状況を観察するとともに,その観察結果を記録し,報告書で提示することが必要となります。それが遺構の機能を推定する根拠になるからです。
赤っぽい土・黄色い土・茶色い土・黒い土・灰色の土・青緑色の土など,土の色は一様ではありません。この色のちがいは,地下水の環境や層じたいの形成過程といった土の性格や来歴を反映します。だから,遺構の堆積状況を記録した実測図には,土中の礫・砂等の質や大きさ等とともに,色調も記録します。そのさいに使用するのが「土色帖」です(写真2)。

写真2 土色帖
写真2 土色帖
写真3 色チャートの例
写真3 色チャートの例

「土色帖」は,手帳サイズのバインダーで,さまざまな色チャートが貼りつけられた複数のカードがとじられています(写真3)。色チャートと土とを見くらべ,もっとも似かよった色がどれなのかを判断して,土の色を決めます。この色チャートは,赤・黄・緑などという色み(色相)・色の明暗(明度)・色の強さや鮮やかさ(彩度)の三要素から色を区別する方法(マンセル方式)によって,個々の色が記号化されています。ただし,すべての色を掲載するとあまりに多くなりすぎるので,この土色帖は,あまたある色のなかから日本の土の色に対応する色を選びだしてあります。さらに,似かよったいくつかの色をまとめて,「淡赤橙色」とか,「暗赤褐色」といった日本語の表記もしめされています。それにくわえて,出土した土器の色調も,この「土色帖」で対応可能なことが多いので,出土品の色を記録するさいにも「土色帖」を活用しています。
以前は,調査者がそれぞれの判断で土の色調を決めていました。そうなると,人によって色の見方や呼び名が微妙に異なるので,同じ土層を二人の調査員が見ても,それぞれが違う色名で記録する場合もありました。つまり,一定の基準で色を記録することがむずかしかったのです。
余談になりますが,色の呼び方について以前から気になっていることがあります。それは,「土色帖」が多用される以前の発掘調査報告書でよくもちいられ,現在でも散見される「茶褐色」という色名のことです。手近な辞書(『デジタル大辞泉』)によると,「褐色」とは「黒みがかった茶色」,「茶色」とは「黒みを帯びた赤黄色」と定義されています。この定義にしたがうならば,「黒みを帯びた赤黄色」である「茶色」がさらに「黒みがかった」ものが「褐色」ということになります。じゃあ,「茶褐色」とはいったいどんな色なのでしょうか。そもそも上記の辞書の定義が適当なのか,それじたいからして問題なのですけれど,私には「褐色」も「茶色」もさほど異なる色であるようには思えません。ですので,「茶褐色」などというのは,「茶色い茶色」という,日本語としていささか奇妙な用法であるように思えてならないのです。ぜひ,「茶褐色」をお使いになる方から,ただしい理解をご教示いただきたいものです。ちなみに「土色帖」には,「茶褐色」という色名はありません。
お話をもとに戻します。さきに述べたように,「土色帖」に依拠すれば,多少の誤差はあれ,一定の基準で土や土器の色を記録することができます。逆にいえば,報告書で土色帖による色調表記をしておけば,手元に土色帖をもつ読者は,おおよその色あいを想像できるわけです。
いま発掘調査等でひろく用いられている「土色帖」は日本で刊行されたものです。近年,韓国の埋蔵文化財発掘調査報告書でも,この「土色帖」に依拠した記述がみられるようになりました。日本のみならず,海外でも埋蔵文化財調査に活用されるのは,「土色帖」が情報をより正確に記録するために便利なツールである証拠といえるでしょう。
(辻川哲朗)

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