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オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.64 これさえあればウマく乗れます-蛭子田遺跡出土木製壺鐙-

東近江市
木製壺鐙
木製壺鐙

それは新米調査員である私が現在調査を担当している、東近江市木村町に所在する蛭子田遺跡の調査でのことです。調査員となってまだわずか数週間、最初に調査を開始した調査区で見つかった河川跡から、出土品としては非常に珍しい「木製壺鐙(もくせいつぼあぶみ)」が完形に近い状態で出土しました。
「鐙(あぶみ)」とは乗馬する際に足先を掛けるための馬具で、人がまたがる「鞍(くら)」から革紐などで吊り下げて使用されたと考えられています。今回ご紹介する「壺鐙」は木材を削って曲面に仕上げ、内部をくり抜いて足先が入るように加工したものですが、現在の競走馬には吊り革のような形をした「輪鐙」が使われています。
この木製壺鐙の出土は実に思いもかけない発見でした。蛭子田遺跡ではこれまでの調査によって、大きく蛇行しながら流れる河川に沿って竪穴住居を中心とする集落が形成されていたことがわかってきました。特に河川跡からは大量の土器類や、農具や建築部材といった木製品が多量に出土し、人々の活発な活動の痕跡が確認されています。

出土した川跡
出土した川跡

木製壺鐙が出土した河川跡は、前年度の調査で多くの遺物が出土したところから続く地点でしたが、それにも関わらず、どれだけ掘り下げても遺物の出土はごくわずか。あれだけ出ていた遺物はどこへいったのかという状況が続きました。そして川底まであと少しというところで木製壺鐙は姿を現しました。素朴ながらも美しく丁寧に仕上げられた、まさに逸品です。
残念なのは私が調査区を少し離れたほんの数分後に出土したこと。補助員さんからは「小林さんがいなくなったら出てきましたね。」と言われ、人生うまくいくことばかりではないことを知りました。
さて、古代の木製壺鐙は全国的に見ても20数例が知られるのみで、県内では東近江市(旧能登川町)の斗西遺跡に次いで2例目の事例となります。現在のところ、長野県榎田遺跡例の5世紀中葉~6世紀初頭頃が最古の事例とされます。一方、蛭子田遺跡出土の壺鐙は、一緒に出土した土器から5世紀後半~6世紀前半頃と考えられることから、全国的にみても最古級の事例といえます。

出土状況
出土状況

実は私自身この木製壺鐙が出土するまで、「鐙」は足を掛ける部分であることを知っている程度で、それ以上のことはまったくと言っていいほど知りませんでした。発掘現場では予期しないものが出てくることが多々ありますが、私たち調査員はそれをきっかけにして類例を探したり、深く考えをめぐらして成長していくことが多くあります。
馬に乗り上がるための足掛かりとなる「鐙」。駆け出しの私にとって、現場とともにステップアップしていく姿勢をずっと忘れるなよと語りかけているように思えてなりません。

(小林裕季)

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