オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品№375 寂しがり屋の隙間を愛で埋める/自作の〈減圧含浸装置〉
発掘調査で出土した遺物の中でも、土器以外の遺物、木製品・鉄製品・自然遺体などなどがあり、とりわけ脆弱な木製品は、大きな水溶性樹脂の含浸装置や、巨大なフリーズドライ装置を使って保存処理を行います。一度樹脂で固めてしまえば、保存状態に気を付ければ状態を維持できます。
しかし、実はもっと厄介な遺物があります。それは鉄製品です。鉄(Fe)というものは、鉄単体で自然界に存在しません。鉄は寂しがり屋なのか、常に何かと結びつきたがります。特に酸素とはすぐに仲良くなってしまい、気が付けば自分の形がなくなってしまうほど仲良くなりすぎます。それが「錆びる」ということです。
鉄製品の保存処理は、最も結びつきやすい酸素を遮断することが重要なことの一つです。酸素を遮断するために、鉄製品に樹脂を含浸させる必要があります。よく使われる樹脂として、パラロイドB-72というものがあり、これをエタノール等の溶剤に溶かして使います。濃度は10%程度で、あまりに濃度が高いとテカテカに光ってしまい、自然な感じがなくなります。
でも、この含浸作業がこれまた難しいのです。出土する鉄製品は、必ず錆びてます。全部が錆びすぎて、錆だけで形状を保っていることもあります。また、見た目はしっかりしているのに、中身は空洞になっていることがあります。この空洞には水や空気が含まれており、そこから追い出す必要があるのですが、ただペタペタとパラロイド溶液を塗るだけでは、水や空気を追い出せません。溶液に一晩程浸しておくという方法もありますが、何かの拍子で容器の蓋が開いて、溶液が気化してしまうのも危険です。
そこで活躍するのが減圧含浸装置ですが…結構いいお値段がします。なかなか買えるものではありません。どうしたものか…
ある日、100均ショップに行ったとき、ペットボトルの空気を抜いてペシャンコにする道具が売っているのをみつけました。
「お!使える」と思い、早速購入。分解して中身をみると、弁の部分はシリコン製、ボディはポリプロピレン製、どちらも耐油性が高そう。
で、製作時間1時間程度で完成した簡易減圧含浸装置がこれ。
写真①のものは2号機です。1号機は別の事務所に行ったまま帰ってきません…。写真②が手動のポンプです。真空ポンプに相当する部品です。
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写真③は手動ポンプを装着する部分です。もとがペットボトル用のポンプなので、ペットボトルの飲み口を切断して、デシケーター(減圧容器)に穴をあけて、ポリプロピレン対応の接着剤をたっぷり塗って、デシケーターに固定してます。デシケーターといっても、パッキン付きの食品保存用のタッパーです。ポリプロピレン製なので、耐油性は高いものです。

写真④は減圧作業中のようす。レバーをゆっくり引いていくと、容器の中の空気が吸い上げられ、減圧されていきます。デシケーター内の空気圧が下がるので、蓋が凹んでいきます。調子にのって減圧しすぎると蓋が割れるかもしれません。デシケーターがどれくらいの減圧に耐えられるのか分からないので、一度実験しないといけないのですが、愛着があるものを自ら破壊するのは嫌なものです…

写真⑤は減圧されているのが分かる写真です。2号機は気圧計も装着しました。減圧が始まるとメーターの針が動いていきます。
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写真⑥と写真⑦は、デシケーター内のパラロイド溶液に浸された鉄製品の様子です。見づらいですが、写真⑥が減圧前の様子で、写真⑦が減圧中の様子です。写真⑦の〇印に注目してください。〇印の部分に、細かい気泡があります。この気泡は、減圧によって鉄製品中の空気が追い出されている様子です。空気が追い出されたところには、代わりにパラロイド溶液が入っていきます。ペタペタ塗ったり、一晩浸しておくのよりは、はるかに効果的です。

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簡易減圧含浸装置ができたことにより、鉄製品の保存処理の安全性が高まり、処理も早くなったように思います。この作業の後、強度の高い透明の袋に脱酸素剤とともに入れ、シーラーでパックし、空気と遮断します。
これで保存処理完了!ではありません。寂しがり屋のFeさんは、油断するとOさんと手をつないでしまいますので、しっかり監視することが必要です。
これらの作業のほか、鉄製品の保存処理は、錆を取る作業(出土仕立てはエビフライやクリームコロッケのような姿)、脱塩作業(水と結びつきやすい塩を追い出す)などがありますが、なにせ超寂しがり屋なので、ず~っと油断できない奴です。これで終わりというところがありません。
保存処理というよりも、永遠の応急処置といったほうが良いかもしれません…。
(しげた つとむ/調査課)
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