オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 No.119 航海安全を願って-大中の湖南遺跡出土の刀子-
ずいぶん前(第8回)に木製下駄をとりあげた、近江八幡市安土町の大中の湖南遺跡から、もう1つ思い出に残る遺物を紹介したいと思います。
平成12~13年度に実施した発掘調査では、琵琶湖最大の内湖であった旧大中の湖の湖岸にあたる部分から、7世紀頃の突堤(とってい)状遺構がみつかっています。この突堤状遺構は、両側に杭を打ち込んで囲った中に、近くの安土山山麓から運んだ石材(湖東流紋岩)を詰め込んで造られていました。全長27m・幅3mのものを第1遺構とし、これよりも後の時代に造られた全長42m・幅2mのものを第2遺構と呼んでいます。その性格については、桟橋や消波堤など諸説がありますが、いずれにしろ古代の水運に関わる施設であったようです。
今回紹介する刀子(とうす)は、第2遺構の南端に近い当時の湖底面から、刃先を下に向けてつきささった状態でみつかりました。ほぼ完全な形で、長さ17.1㎝です。刀身(とうしん)は平造りで、柄の中に納まった茎(くき)の部分は、X線写真により刃の部分の半分程度の長さであることがわかっています。また、刃と柄の間には、刀身を鞘(さや)に固定するための銅製の鎺(はばき)がはめ込まれています。柄(え)は、装飾のない木製のものです。
刀子は、紙が貴重品だった時代に木簡の表面を削って再利用するための文房具だったり、または工具や化粧道具だったりと、小刀として様々な用途に使われていました。大中の湖南遺跡でみつかった刀子は、木製下駄や刀子形・曲物容器・和同開珎などと一緒に出土していることから、おそらく、航海の安全を祈願する祭祀に使われたものと考えられます。
遺跡から見つかる鉄製刀子には、木製の柄(え)が残っていることがめずらしいため、遺跡の発掘調査中に自分で見つけた時には、その状態の良さにとても感動しました。慎重に柄の部分をつかんで、取り上げた時には、錆びてはいましたが鋭利な刃先が残っていました。周囲をさらに調査して、これと組み合う鞘(さや)を探しましたが、見つからなかったのでとても残念に思っています。
今回紹介した刀子は、現在、琵琶湖周辺の遺跡からみつかった船や港の遺構などを紹介している、滋賀県埋蔵文化財センター(開館:月~金・9時~17時)のロビー展示『びわ湖の船と人々のくらし』(展示期間:平成26年7月11日まで)で展示していますので、ぜひご覧になってください。
≪参考資料≫
滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会(2005)『ほ場整備関係遺跡発掘調査報告書32-2 芦刈遺跡・大中の湖南遺跡』
(田中咲子)
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