オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 No.8 祭祀に使用された履物-大中の湖南遺跡出土の木製下駄-
遺跡から発見される遺物の中に使っていたときの痕跡が生々しく残っているものを時々見かけることがあります。今回は、平成12~13年度にかけて発掘調査を実施しました、大中の湖南遺跡出土の木製下駄をご紹介します。
蒲生郡安土町にあります大中の湖南遺跡は、現在は、干拓によって無くなった、琵琶湖最大の内湖にあります。木製の下駄は、内湖に向かって突き出す、白鳳時代の突堤状遺構(とっていじょういこう)からみつかりました。突堤状遺構は、木杭と近隣でとれる石材(湖東流紋岩・ことうりゅうもんがん)を大量に使用して造られた大規模なものでした。その中で、全長27m・幅3mの規模のものを第1遺構、後の時期に造られた全長42m.・幅2mのものを第2遺構と呼んでいます。その形状から、桟橋(さんばし)・消波堤(しょうはてい)・道路状遺構(どうろじょういこう)など諸説がありますが、いずれにしろ、古代の琵琶湖の水運に関係するものと考えられています。
紹介します木製下駄(長さ23.7㎝・幅10.0㎝・高さ3.7㎝)は、第2遺構の石敷きの上面から1点みつかりました。同じ材から台と歯を造り出した連歯下駄(れんしげた)と呼ばれるものです。足を乗せる台部には、前方の親指と人差し指の間の鼻緒を取り付けるための穴が右側によせてあけられていることから、左足用の下駄であることが判断できます。また、台の上には、足の親指などの圧痕がはっきりと残っていました。
出土した下駄を最初見た時には、足の圧痕があまりにもはっきりと残っているので、古代の人がふだん履きこなしていた下駄をうっかり片方落としてしまったのだと考えました。あとでこの下駄といっしょに出土した遺物に、刀子形(とうすがた)・鏃形(ぞくがた)・斎串(さいぐし)などといった、祭祀(さいし)具だと考えられているものが含まれていることがわかり、もしかすると、これも祭祀具の一つではと考えるようになりました。
そこで、下駄と祭祀との関係について調べてみますと、①祭祀に使用した遺物は祭祀が終了すると一括して廃棄されることが多いため、下駄が片方しかみつからないことから、祭祀時には片方しかを使用しなかったらしいこと、②足型がはっきり残る理由は、下駄を履いて地霊を鎮魂(ちんこん)したり、邪霊(じゃれい)を追い払ったりするために大地を踏み鳴らし、大きな音をたてるために使われていたのではないかと考えられるということがわかってきました。
発掘調査では、数多くの遺物を目にしますが、一つ一つの意味を調べたり、考えたりするのも私たちの重要な仕事です。大中の湖南遺跡から出土した下駄は、そんな思いを新たにさせられた私の逸品です。
(田中 咲子)
参考資料
「芦刈遺跡・大中の湖南遺跡」ほ場整備関係遺跡発掘調査報告書32-2 滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会2005年
ものと人間の文化史 104「下駄―神のはきもの」 秋田裕毅 財団法人法政大学出版局 2002年