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調査員のおすすめの逸品 №267 「礎板」-いまに生きる古代人の知恵-
建物の柱を支える構造として「礎石」というものがあります。たとえば飛鳥時代の寺院では、土をつき固めて版築した基壇に穴を掘り礎石を据え、そこに柱を建てることで、重量のある瓦屋根を葺いた建物を支えました。同じ時期に多くみられる掘立柱建物では、穴を掘って地面に直接柱を据えて、萱葺や檜皮葺など比較的軽い屋根の建物を支えていました。礎石は、荷重の大きい建物を支える上で、とても有効でした。
これとは別に、柱下に設置して沈下を防ぐという手法には、「礎板」と呼ばれるものもあります。礎板は、柱穴の底に木製の板を置くことで、柱の沈みを防ぐものです。発掘調査では、建物の荷重により、はじめに掘った柱穴の底より柱が沈み込んだ痕跡がしばしばみられます。この沈み込みが均一でなかったり非常に激しいと建物は傾いてしまうので、地盤の緩いところでは礎板を置くことがあります。
ところで私たちは、発掘調査を行うのにあたって、休憩や急な雨などの避難場所としてコンテナハウスなどを置き、仮設事務所を設置します。暑い時期、寒い季節、天候の急変…仮設ハウスは有り難い存在です。
このハウスは、調査前に工事予定の場所で砕石を敷いて造成した上に設置することもあるのですが、後々も水田として使用する場合には、水田の“宝”である大事な耕土に石が混じらないように、耕土で造成することも多いのです。仮設ハウスは少し上げ底になっていて四隅とその間の短い柱で支えられているのですが、耕土上など地盤の緩いところでは降雨で沈み易く、また沈み方もたいてい均等でないので、建付けが悪くなって扉が開かなくなることがあります。そこで、古代の手法に倣ってハウスの柱の下に板を置くことで、沈下をかなり防ぐことができます。
こうした手法は古代において建物を良好な状態に保つ、大切な工夫でした。機械も無かった時代には、建物を建てて維持していくのは大変だったことが容易に想像されます。むかしの人も苦労したんだな―――仮設ハウスを見るたび考えます。まさに、「礎板」はいまに生きる古代人の知恵を結集した逸品です。
(中川治美)
参考文献:公益財団法人滋賀県文化財保護協会報告書 2007「ほ場整備関係(水質保全対策)遺跡発掘調査報告書35 弘前遺跡」