オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 №309 ヒメグルミのペンダント―縄文人のおしゃれアイテム―
縄文時代の遺跡における“くるみ”の出土例は、北海道から九州までの広範囲におよび、時期的にも草創期から晩期までの各時期にわたります。そのほとんどは自然由来のものか食料残滓として知られていますが、それとは別に装飾品として用いられた例があります。
滋賀県南部の大津市に所在する粟津湖底遺跡第3貝塚(縄文時時代中期前半/調査員のおすすめの逸品第288回参照)からは、3点のヒメグルミ核(殻)のペンダントがみつかりました(写真1~3)。大きさは長さ25~27㎜、幅18~23㎜、厚さ9~10㎜、いずれも縫合線(合わせ目)を境に半分に割れていて、頂部から4~6㎜下がったところに直径1~5㎜の円形の穴をあけています。穴の周囲には同心円状の擦痕がみられ、穴をあけかけてやめた痕のあるものもあります。また縫合線上に核をこじあけて割ったと考えられる痕跡も認められました。
第3貝塚出土の “くるみ”には、ヒメグルミのほかにサワグルミ10個体分、オニグルミ250個体分の3種類があります。オニグルミは完形を保つものが全くなく自然発芽の2点を除くすべてに、中の実を取り出した打撃痕がみられ、食料として用いられたことがわかりました。サワグルミには人為的な痕跡は認められず、周辺植生に由来するものと思われます。
“くるみ”の核(殻)は大きさも形も変異に富みますが、一般的には、サワグルミは独楽形でほかの“くるみ”に比べてかなり小さくて柔らかく、オニグルミは球形に近くて表面に深いシワがあり核壁はやや厚い。これに対して、ヒメグルミは扁平な広卵形で核頂部の尖りが鋭く、表面が平滑で核壁は薄い。ひとことでいうと、ヒメグルミはしずく形でつるんとしていて、美しいと言えます。3種類は視覚的に明確に区別でき、民俗例でもオニグルミとヒメグルミを区別して乾燥させる例が知られています。
粟津湖底遺跡では、実のたくさん詰まったオニグルミは食料に、比較的加工しやすくデザイン性を感じるヒメグルミはペンダントに、小さくて食用としても不向きで加工もしにくいサワグルミは自然堆積と、種類ごとに用途や堆積由来が異なっているようです。
こうした“くるみ”核の装飾品には、近年みつかった赤漆塗のヒメグルミのペンダント(石川県射水市南太閤山遺跡/縄文時代早期末~前期前半)のほか、オニグルミの表面のシワを擦り消したり彫刻を施したもの(秋田県大館市池内遺跡/縄文時代前期)などが知られます。
ヒメグルミのペンダントは、縄文人の豊かな精神文化が垣間見える逸品といえるでしょう。
(中川治美)
《参考文献》
・滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会1997『粟津湖底遺跡 第3貝塚』
・「251粟津湖底遺跡第3貝塚出土のヒメグルミの垂飾品―縄文時代のくるみの選択に関する覚え書き―」『滋賀文化財だより』No.227 財団法人滋賀県文化財保護協会1996