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調査員のおすすめの逸品 №319 テレビ番組がきっかけで作られた論文集―『織田政権と本能寺の変』

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 2020年の元日、NHKで放映された討論番組「本能寺の変サミット2020」に出演する機会をいただきました。400年を経てもなお、動機や背景が謎に包まれている本能寺の変に関する諸説を、その時代の専門家7人(番組内では「本能寺7」と命名)が議論するもので、明智光秀が主人公を務めるその年の大河ドラマを盛り上げる番組の一つだったようです。僭越ながら、私も「本能寺7」の1人として、信長の発給文書から見える最新の信長人物像や、黒幕諸説などに対する意見を述べさせていただきました。
 放映2時間(短縮版は80分)という長い番組でしたが、実際はそれどころではありません。東京の増上寺で行われた収録は、実に5時間半に及びました。これを半分以下に編集したのですから、番組自体は、重要な部分も含めてかなりカットされています。また、5時間半でも議論は十分ではありませんでしたし、言及されなかった部分も多くありました。収録が終わったのは夜の7時半でしたが、予定のあった2人を除く5人は、そのまま浜松町駅前の居酒屋に場所を移して、反省会ならぬ延長戦を新幹線の終電まで繰り広げたのでした。
 その時に全員一致で決まったのが、「続きをしよう!」ということ。私の「翌春に安土で開催」の提案はすぐに受け入れられ、他の2人にも連絡し、数日中に合意が得られました。実は、このような複数の講師によるシンポジウム形式のイベントの計画は、人選から交渉、日程や内容のすり合わせ・合意など、準備に相当な手間と費用がかかります。それがほぼ一晩のうちに話が付いたのは奇跡に近いことでした。講演料に至っては「旅費だけで喜んで!」という驚きの展開で、トントン拍子で話は進みました。
 ところがその後、コロナ禍が発生します。緊急事態宣言発出により、5月24日に開催予定だった安土城考古博物館春季特別展記念フォーラム「検証!本能寺の変」は、中止となりました。今でも皆さまから実施を望む声をいただきますが、制限された参加者数では大赤字となるため、難しいのが現状です。

藤田達生編『織田政権と本能寺の変』
藤田達生編『織田政権と本能寺の変』


 しかし、「本能寺7」は諦めませんでした。それなら本を出そう!ということで、それぞれが自説を書き下ろし、新たなメンバーも3人増強されて(本能寺10?:笑)、2021年4月に『織田政権と本能寺の変』が刊行されたのです。400頁を越える大部の論文集となりました。裏話をしますと、このような論文集では、どうしても書き上げられずリタイアする執筆者が出てきます。私も、本務を抱えながら原稿用紙80枚を執筆することははかなりキツく、必死で書き上げました。リタイア寸前のメンバーもありましたが、「『本能寺7』が揃わないと、本を出す意味がない!」と励まし合って、1人も欠けることなくゴールできました。
 この本の特徴は、相反する説がそのまま載せられ、一つの着地点にまとめられていないことです。論文集は、一定の結論を導くために論を集めたり、共に研究するグループで出されることも多く、似た系統の意見で固められがちです。テレビ番組を契機に成立した本書は、まさに「呉越同舟」。結論すら示されていません。それでいて、それぞれの立場から信長の築いた政権を分析し、変の背後にあったさまざまな要因を洗い出すという、これまでにない論文集となったのです。私にとっても、また本能寺研究にとっても、例のない、こだわりの逸冊と言えるでしょう。
 本書の執筆者や各論文については、以下をご参照下さい。
http://rr2.hanawashobo.co.jp/products/978-4-8273-1319-2
 なお、本書はこのような経緯で刊行されたため、原稿料も印税もいただいてはおりません。
(高木叙子)

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