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調査員のおすすめの逸品145 エスチング・ハンマー
今回は、岩石を調べる道具の一つである「エスチング・ハンマー」をご紹介します。大工さんの使う金槌に似ていますが、岩石を研究するための専用道具です。このハンマーで岩石を叩き割り、割れた部分の様子をじっくり観察して、岩石の種類を調べます。本来は地質研究者が使う道具なのですが、考古学にとっても大事な道具なのです。そのわけをお話しします。
考古資料のなかには、岩石を材料とするものがたくさんあります。岩石は、人類が道具に用いた最古の素材の一つです。旧石器時代から利用され始め、縄文時代・弥生時代・古墳時代と形を変えつつも、さまざまな種類の岩石が利用されてきました。今でこそ岩石でつくられた道具を身近に見かけることはなくなりました。でも、私の地元では昭和初め頃までは、穀物を粉にしたり、豆腐をつくるための石臼が各家庭にはありました。また、石垣などの建物材料や、石仏・墓石等は今でもやはり岩石が主流です。このように、岩石は古くて長い歴史をもつ身近な素材なのです。
さて、石器研究では石器の「一生」を問題にします。つまり、遺跡から出土した石器は、「どこで材料をとり」、「どのように加工し」、「どのように使われ」、「どのように修理し」、「どのように捨てられたか」、という一連の流れを研究します。「どこで材料をとったのか」という問題、つまり材料の産地を調べる「産地同定」(さんちどうてい)は、石器研究の入り口であるともいえます。
この産地同定研究に欠かせないのがエスチング・ハンマーです。産地を調べるためには、まず「地質図」という地図を入手し、遺跡周辺にどんな岩石があるのかおおよその見当をつけておきます。その上で、実際に現地を歩きまわり、どんな岩石があるのかを確認していきます。けわしい山を登ったり、谷底に下りて川原の石を調べる場合もしばしばあります。そして、観察結果を地図に記録し、オリジナルの「地質図」を作っていくのです。この地図が、産地同定をするための一番の手がかりになります。
さて、岩石の種類をしるには、岩石に含まれる鉱物を調べます。岩石はさまざまな種類の鉱物からできています。鉱物には形・色・硬さに特徴があり、そこから名前がつけられています。岩石も含まれる鉱物の種類・割合をもとに分類されています。だから、岩石の種類を決めるには、含まれる鉱物の種類や割合を観察しなければなりません
そのさい、野外の岩石はたいてい雨風にさらされ変色してもろくなっていますし(風化:ふうか)、表面をコケなどの植物が覆っていることもあります。そのままでは、鉱物を観察しにくいので、新しい割れ口をつくる必要があります。ここでエスチング・ハンマーの出番です。ハンマーで打ち割ってつくった割れ口を観察し、鉱物の種類や量を記録し、岩石の種類を決めていきます。例えば、ある岩石に白っぽい鉱物と黒っぽい鉱物があり、黒っぽい鉱物はその形・色や硬さから黒雲母、白っぽい鉱物が石英や長石ということがわかり、その形が不規則であることがわかれば、その岩石には「黒雲母花崗岩」という名前がつけられます。この黒雲母花崗岩も土地・土地により顔つきが違います。この違いが産地同定のうえでとても重要になってきます。
色々な場所を調べて、土地土地の岩石の特徴をつかんでくるにつれ、岩石の種類が判断できるようになります。とはいえ、見た目の特徴をもとに判断しているので、正確さには限界があります。ピンポイントで産地を突きとめるには別の物理的な分析方法で調べる必要があります。ですから、「だいたいこのあたり」という範囲での特定にとどまるのですが、それでも、石材を見わける有効な方法です。なにより、時間と体力さえあれば、お金があまりかからないことは、私にとってはとても重要です。
最後になりますが、私有地に立ち入る場合には許可がいりますし、国立公園などの場所で岩石のサンプルを採集することは禁止されています。私は、立ち入ってよい場所か、採集できる場所かどうかを事前に確認してから岩石を調べることにしています。
(加藤達夫)
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