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調査員のおすすめの逸品146 低くて小さな椅子

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写真1活躍するお風呂椅子
写真1活躍するお風呂椅子

出土遺物を整理する滋賀県埋蔵文化財センターの整理場では、たくさんの補助員さんが報告書作成にむけて、実測やトレース等の作業を進めています。今年度、私は、この埋蔵文化財センターで整理調査を担当することになりました。久しぶりに整理室で作業を開始したころ、補助員さんの机の下に、「低くて小さな椅子」が置かれていることに気づきました。この「低くて小さな椅子」とは、ちょうど保育園や幼稚園で園児が使うような、高さが低く大きさも小さな椅子です。最初は、何に使うのかわからなかったのですが、作業が進むにつれて、この椅子が実測作業に欠かかせないことが理解できるようになりました。

写真2活躍する子供用の椅子
写真2活躍する子供用の椅子

出土した遺物は、接合(破片をひっつける作業)したのち、実測図という図面を作成しなければなりません。実測図の作成には、遺物の横に三角定規を立てて、それを基準に遺物の各部を正確に計測していきます。そのさい、定規の数値を読みとるために、定規と視線を平行にしなければ、ズレが生じてしまいます。大きな壺等であればよいのですが、小さな遺物になると、ほっぺたを机にすりつけるような姿勢をとるか、椅子からおりてしゃがまないといけないので、長時間作業を続けるとかなりつらくなってきます。そこで、この「低くて小さな椅子」の出番となります。
つまり、「低くて小さな椅子」に座ると、視線が低くなり、小さな遺物の実測作業が腰を落ち着けた状態で可能になるのです(写真1・2)。ちなみに、この「低くて小さな椅子」は施設の備品ではなく、補助員さんが個々に持参したものでした。そのため、椅子の形状はさまざまで、お風呂で使う椅子もあれば、昔お子さんが使っていたであろうかわいらしい椅子を再登場させたものもありました。

写真3古代の低い腰掛(米原市入江内湖遺跡)
写真3古代の低い腰掛(米原市入江内湖遺跡)

ちなみに、このような「低くて小さな椅子」に似た椅子は、弥生時代や古墳時代の遺跡からしばしば出土します(写真3)。いずれも木製品で、木を削りだしたり、板を組みあわせたりして作られていて、地面からお尻を置く部分までの高さが30cmに満たない「低くて小さな椅子」です。さらに、アジアの諸地域でも、同じような「低くて小さな椅子」が使われています。写真4は、以前に中国南西部の雲南地域でみた「低くて小さな椅子」です。

写真4雲南の「低くて小さな椅子」
写真4雲南の「低くて小さな椅子」

こうした「低くて小さな椅子」がアジアでひろく用いられる背景には、しゃがむ姿勢―お尻を地面につけずに膝を折ってしゃがむという共通の身体動作があって、その動作の補助として「小さな椅子」が用いられたことが指摘されています(井上耕一『アジアに見るあの坐り方と低い腰掛』丸善ブックス、2000年)。
ただ、その後の列島社会では、「低くて小さい椅子」はあまり見られなくなってしまいます。おそらく、床をもつ建物構造に転換するとともに、畳の普及も相まって、直に床の上に座る文化に移行した結果、「小さな椅子」はお風呂の椅子等の特定の用途をのぞいて消え去っていったのでしょう。現代では、西洋の「高い椅子」文化が主流となっていることはいうまでありません。しかし、土足の床をもつ部屋で実測作業をするというような特定の作業には、やはり低くて「小さな椅子」が有効なのです。それゆえ、わが整理場では復活したのでしょう。
「小さな椅子」から、列島の「座る文化」の一端が垣間みえた気がしました。
(辻川哲朗)

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