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調査員のおすすめの逸品№384 実在する忍術秘伝書~『萬川集海』

甲賀市

 我々日本人には昔からなじみ深い「忍者」。今や世界中で認知され、その知名度は「富士山」「天ぷら」すら上回るかもしれません。また、忍者はエンタテインメント方面で有名である一方、学問の対象とはされない時代が長らくありましたが、近年では三重大学人文学部に忍者に関する講座が置かれるなど、状況も大きく変わってきました。ここ滋賀県でも、磯田道史先生などを中心に結成された「甲賀忍者調査団」の皆さんにより、甲賀の家々に眠る古文書が次々に調査され、忍者の実在を証明したのみならず、その実態解明も進められています。

 こうして進められている忍者関係文書研究ですが、以前から存在を知られている重要な文献があります。これらは「三大忍術秘伝書」と呼ばれており、以下の三つの文献を指します。

『萬川集海』(ばんせんしゅうかい または まんせんしゅうかい)

延宝4年(1676年)に、伊賀国郷士である藤林長門守の子孫、藤林左武次保武によって編纂された忍術書で、22巻+別巻1巻からなる最も大部でまとまっている忍術書とされています(写真1)。

写真1 『萬川集海』(大原勝井本)(滋賀県立安土城考古博物館)

『忍秘伝』(にんぴでん)

服部半蔵保長・正成に伝えられていた内容を、承応4年(1655年)に服部美濃部三郎がまとめたとされています。4巻から成り、記述に『萬川集海』との共通する部分があることが知られています。

『正忍記』(しょうにんき)

延宝9年(1681年)、紀州藩の軍学者である名取三十郎正澄によって書かれたもので、3巻から成り、楠正成に連なる楠流一派の忍者の技術や呪術が記されています。また、禅の影響が見られると指摘されています。

 これ以外にも忍術秘伝書とされるものは各地に現存しているようですが、個人蔵のものが多いため、その実態はいまだ不明です。そんな中、内容の豊富さから「忍術の百科事典」とも称される最高傑作が、『萬川集海』です。写本が数多く残されていますが、最も有名なのは内閣文庫本と呼ばれているもので、現在は国立公文書館に収められています。近年では、信濃松代藩の史料がある真田宝物館で、伊賀・甲賀と江戸幕府の所蔵以外で初めて写本が発見されました。

 もちろん、ここ滋賀県にも『萬川集海』は伝えられています。こちらは「大原勝井本」と呼ばれているもので、甲賀市指定文化財に指定されており、同市の大原家に伝わるものです。大原家は家そのものが土塁に囲まれた、甲賀武士の城に見られる「単郭方形」構造を持っており、そのようなお宅に『萬川集海』が伝えられていることに、驚きを感じるとともに納得もしてしまいます。

 私は、滋賀県立安土城考古博物館で2004年に甲賀忍者を取り上げた展覧会を担当しました。その際に、大原家さんにお願いして『萬川集海』をお借りし、展示させていただきました。戦国時代の雰囲気を漂わせる敷地に入っていき、ご家族の方に『萬川集海』を見せていただいた時には、手が震えるほど緊張したのを覚えています。

写真2 大原家外観(阿刀撮影)

 内容については多岐にわたるため、ここではご紹介しませんが、滋賀県立図書館に現代語訳版が収蔵されています。興味がおありなら、ぜひご覧になってみてください。水蜘蛛など、有名な忍者道具なども絵入りで解説されています。でも、肝心の寸法など、ここぞという情報は伏せられています。そこは口伝でなければならなかったようで、こういうところにも忍者を感じることができる、まさに「逸品」です。

写真3 『萬川集海』水蜘蛛の記載箇所(滋賀県立安土城考古博物館)

(調査課 阿刀 弘史)

★お知らせ★

 滋賀県立安土城考古博物館では、2025年11月29日(土)から、特別陳列Ⅳ「滋賀の縄文・弥生・古墳時代」を開催します(2026年2月1日(日)まで)。大中の湖南遺跡、安土瓢簞山古墳、新開1号墳など、滋賀県の歴史を知る上で貴重な資料を県内外の方にご覧いただけます。ぜひお運びください。詳しくはコチラ

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