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竜法師城遠景

オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.118 参上!甲賀忍者-甲賀市竜法師城出土石製神像-

甲賀市

(甲賀市甲南町竜法師)

竜法師城遠景
竜法師城遠景

世の戦国ブームに便乗しようというわけではありませんが、近年、当協会では幾つかの中世山城の調査を実施しています。その1つに、平成15年度に実施した甲賀市竜法師城(りゅうぼしじょう)遺跡があります。滋賀県=近江の国は、約1,300箇所と「城跡県」を名乗れるほど多くの城跡があり、特に旧甲賀郡(甲賀市・湖南市)には300以上が集中しています。甲賀の城跡には、お茶屋御殿としての性格も持つ甲賀市水口城跡(県史跡)や山頂に堂々たる縄張りを見せる同水口岡山城(新近江名所図会第159回)など、一般にイメージされる「城跡」然とした遺跡もありますが、その大半は「単郭・方形」と呼称される単純な城跡です。大きな土塁や深い堀跡など、それなりに「感動もの」の城跡も多いのですが、見ただけでは城跡とは気付かない、小規模で簡単な城跡も多くあります。竜法師城もそうした簡単な城跡の1つで、丘陵を「コ」字形に削った土塁と、それに囲まれた平坦面を基本とする、最も簡単な構造の城跡です。もちろん、何ら伝承や記録を持たないものでした。

竜法師城遺跡調査状況
竜法師城遺跡調査状況

さて、城跡の発掘調査といえば、どのような出土遺物を期待されるでしょうか。刀や槍などでしょうか? 特に、甲賀の城と言えば、手裏剣や鎖鎌などの「忍者」特有の武器を期待したくなるのが人情です。事実、調査時の私も、撒菱(まきびし)を踏まないように毎日細心の注意を払ったものです。しかし、実際は少量の土器などが出土しただけ。中には意味ありげな出土状況も見られましたが、土師皿と擂鉢ばかりです。これは、竜法師城が日常生活の舞台ではなく、見張り台、あるいは緊急時の逃げ城としてのみ利用されていたことを示しているのです。しかし、唯一、「忍者」を彷彿とされる遺物が出土しています。これが、今回の逸品「石製神像」?です。

妖しい土師皿が見つかりました
妖しい土師皿が見つかりました
石製神像写真
石製神像写真

これは、砂岩系の柔らかく小さな長三角形状の石材(長さ約13㎝・幅約6㎝、厚さ約4㎝)の表裏に、神像らしきものを印刻しています。実際には年代の決め手もなく、一緒に見つかった土器の年代から中世末と考えています。さて、この「石製神像」は基本的に表裏ともに同じ文様を印刻しているもので、石材先端を烏帽子に見立て、その下に実に簡素に「ヒゲ面」を表現し、胸部には「門構え」に「井」を加えたような文様を飾ります。ただし、表は深く、裏は浅く掘られていることが特徴です。また、表は丸い「つぶらな目」の表現に対し、裏は細い「つり目」の表現になっています。この違いを「笑い」と「怒り」と理解し、しかもそれらが「深い」と「浅い」によって表現されていることを考えるならば、この「石製神像」の表裏は「陰・陽」を表現していると解釈できそうです。さらに、胸部の「門構えに井」の文様についても、呪法の1つである「九字」(本来は縦4本・横5本)を表現していると考えることも不可能ではないでしょう。「門構え」部分も何かの印のような表現です。このように見れば、この石製品は単純に「神」を表現したのではなく、「陰陽道」系の信仰・呪法に基づく「神像」といえそうなのです。そういえば、関津遺跡から出土した絵画木板の「けったいな姿の人物たち」(第62回)にも似ていますし、最近では、塩津港遺跡からも似たような人物を描いた呪符木簡が出土しています。

石製神像実測図
石製神像実測図

ところで、「陰陽道の呪法」・「印を切る」といえば忍者です。巻物を咥え、「ニンニン、ドローン」というやつです。これは漫画や小説の世界ですが、今回の「石製神像」は、まさに、甲賀武士団が「陰陽道の信仰・呪法」を身につけ、「ニンニン、ドローン」をやっていたことを示す可能性を示しているのです。そう見れば、この神像、実に妖しく、恐ろしくも見えてくるのです。ただし、その「ニンニン、ドローン」が、単なる「護身」としての信仰であったのか「巨大な蝦蟇が出現する」特殊な効果を狙ったものなのか、あるいは甲賀武士団の特質なのか中世末の一般的な信仰形態であったのか、まだまだ解明されるべき課題は山積みです。しかし、この「石製神像」は「忍者の実在」に一歩近づく、伝奇系時代小説マニアには垂涎の逸品であることは間違いありません。

(細川修平)

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