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オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品 No.54 スクエアサイズの逸品-ゼンザブロニカSQ-Ai

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新年度に入り、わが滋賀県文化財保護協会にも小林裕季君という可愛らしい新人職員が入ってきました。彼を見ていると、平成元年に琵琶湖文化館で学芸員人生を始めた前後の出来事が、走馬燈のようにフラッシュバックしてきます。近年めっきり記憶力の乏しくなった私ですが、人生の転機に当る時期だったからでしょうか、あの頃の出来事は細部までありありと思い出すことができるのです。例えば、採用試験の日の試験内容や面接官とのやりとりまでも。

ゼンザブロニカSQ-Ai
ゼンザブロニカSQ-Ai

本題に入る前に、その面接のことからお話いたしましょう。会場では、面接官の滋賀県文化体育振興事業団副理事長(文化館は当時、事業団の機関)から、三つの質問がありました。まず、「毎月の展示替作業はかなりハードで、学芸員は体力勝負みたいな所があるんだが、あなたは体力に自信がありますか?」と。あまり自信はなかったのですが、「私は相撲が大好きで、毎日百回は四股を踏んでいますので、体力にだけは自信があります」と申し上げると、「たしかに山下君はがっしりした体をしているねえ」と、苦虫を噛みつぶしたような表情だった副理事長の顔が少しほころんだものでした。
続いて、「君は免許は持っているそうだが、実際に車の運転はしていますか?」、「学芸員は写真が撮れないと仕事にならないが、写真撮影はよくする方ですか?」と聞いてこられました。文化館は予算が潤沢にある施設ではなかったので、文化財を公用車で運ぶケースが多く、また、図録やポスター用の写真もプロに発注せず、学芸が撮影することが多かったことを念頭においた質問だったようです。そこで、アルバイト先には車で通勤していること、撮影は好きで、現像・焼付も自宅でやっていることなどを申し上げると、満足げに頷きつつも次のような注文をつけられたのです。それは、公用車は普通車よりも大きいワンボックスタイプであり、公用カメラもまたフイルムサイズの大きなものなので、できるだけ早く慣れるようにと。以上で面接はおわりでした。研究内容について詳しく聞かれると思っていただけに、いささか拍子抜けしましたが、実際に勤務すると、なぜこの三つの質問だったのか、いやというほど思い知らされたものでした。
実際、写真に関して言えば、初めて担当した展覧会「大黒天と弁才天」(平成三年)では、初出陳の作品が多かったこともあり、60枚にのぼるポスター・図録掲載写真の半数以上を新規に撮影しなければなりませんでした。ただし、文化館には中判カメラは一台しかなく、時に学芸同士でバッティングすることがあったので、気兼ねなく撮影できるように、自分でも購入することにしました。それが今回の主役、ゼンザブロニカSQ-Ai というわけです。
その当時は申すまでもなく、フイルムカメラの全盛期だったため、ハッセルをはじめ、フジ、ブロニカ、ペンタックス、マミヤ、ローライなどの各社から、645から6×9判にわたる数種の中判カメラが販売されており、選び出すのに一寸した苦労と楽しみがありました。文化財写真の場合、同一被写体をモノクロでもカラーポジでも撮影するので、まずはバック交換できること、館内だけでなく出張撮影も多いので、できるだけ小型であること、さらに接写性能や、デザインの良さも考慮して、結果として6×6判のゼンザブロニカSQ-Ai (マクロ110㎜F4)に落ち着きました。

「戦国・安土桃山の造像Ⅱ   -神像彫刻編-」図録
「戦国・安土桃山の造像Ⅱ   -神像彫刻編-」図録

本機は645判のものを除けば、バック交換できるカメラとしてはきわめて小型で、カメラ以外に大型三脚、ライトスタンド、ライトホルダー、タングステンライト、傘、レフ、背景紙など、数多くの機材を持ち運ばなければならない文化財撮影にとって、実に有力な武器となってくれました。フイルムバックも、6×6に加えて645も用意されていたため、坐像の彫刻や懸仏は前者、立像や掛軸は後者と使い分けができるのも重宝した点です。また、しばらくしてモデルチェンジした110㎜マクロは、F値が4.5と僅かに暗くなったものの等倍まで接写できるように改良されており、細部の撮影に大きな威力を発揮したものです。展覧会の準備や調査で、常に私の傍らにあったのは言うまでもありません。写真2に掲げた図録は、平成19年に担当した「戦国・安土桃山の造像Ⅱ-神像彫刻編-」という特別展の図録です。表紙には22枚にのぼる神像写真を掲載していますが、うち16枚がSQ-Ai によるものです。一方、文化財以外にも個人的な趣味で様々な被写体を撮影してきました。その中から、舞台公演のチラシに使われた柘榴の写真を掲げておきましょう。
さて、SQ-Ai を購入して約二十年、ともに足を運んだ調査地域は、滋賀を中心に北は岩手・秋田から南は熊本までの一都二府三十三県に及びました。まさに私の片腕であったといってよいでしょう。この間、平成十年には、本機を生産していたブロニカ株式会社が、レンズメーカのタムロンに吸収合併となりました。抑もゼンザブロニカは、無類のカメラマニアだった吉野善三郎氏が、ご自分の理想とするブローニーフイルム用カメラを造りたいという夢から会社を創業しつくり上げたカメラで、その名は「ゼンザブロウのブローニーカメラ」の意なのです。そして、十五年にはとうとうSQ-Ai が生産終了となってしまいました。
無論、ディスコンになってからも、私とSQ-Ai との二人三脚の旅は続いています。ところが、一昨年頃から、絞り込んで撮影しても開放絞りで露光されたようなコマが混じり始め、二度ほど修理に出したのですが、現状では完治できないまま、私の傍らにあたかも老犬のように待機している有様です。そろそろ引退時期かなあとおもいつつも、いまだに決断出来ない私がいます。いずれにせよ、家電製品のように二・三年で急速に陳腐化してしまう昨今のデジタルカメラのことを思えば、ほぼ二十年間、私の右腕として働いてくれたこのカメラに対する愛着は命ある限り続くでしょう。

チラシ(柘榴)の写真
チラシ(柘榴)の写真

なお、本欄で取り上げた「戦国・安土桃山の造像Ⅱ-神像彫刻編-」図録は、定価1,500円(送料120円)です。眼に一丁字無き浅学菲才の私には、おのれが執筆した図録を〈逸品〉としておすすめできるほどの自信も神経の持ち合わせもありませんが、神像彫刻だけを集めた全国でも初となる特別展の図録ですので、興味のある方には多少は喜んで頂けるのではないかとおもいます。安土城考古博物館はじめ、東京国立博物館のミュージアムショップでも販売していますので、どうぞお手に取ってご覧下さい。さらにお買い求め頂けるならば、この上ない喜びです。

(山下 立)

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