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調査員のおすすめの逸品 №329《滋賀をてらした珠玉の逸品⑥》古墳時代人の姿をうかがう人物埴輪ー供養塚古墳出土人物埴輪ー

近江八幡市
写真1 供養塚古墳出土形象埴輪群
写真1 供養塚古墳出土形象埴輪群(一番左側がこの「人」です。)

■滋賀県でも数少ない全形のわかる人物埴輪
 「はにわ」と聞いて皆さんが頭に浮かべられるのは、人や動物をかたどった人物埴輪・動物埴輪ではないでしょうか。でも、姿全体がわかるような残りの良い人物埴輪・動物埴輪は、とくに滋賀県の場合、さほど多くないというか、ほとんどありません。そうしたなかで、滋賀県内でも全体の形がわかる数少ない人物埴輪として供養塚(くようづか)古墳出土人物埴輪があります。今回は、この埴輪をご紹介することにしましょう。


■供養塚古墳
 供養塚古墳は近江八幡市千僧供(せんぞく)町に展開する千僧供古墳群を構成する一古墳です。この古墳は、江戸時代の寛文年間に発掘され、さまざまな器物が出土したことが文献に記録されています。また昭和8年には採土工事によって小石室が見つかり、短甲や刀剣類が出土しました。これらは学術的目的での発掘調査ではなかったため、古墳の規模や形態、全体の構造等、具体的な様相については長らく不明なままでした。戦後になり、周辺一帯でほ場整備事業が計画され、それに伴って事前発掘調査が昭和57年度に実施されました。その結果、古墳の平面形態は前方後円墳で、前方部と後円部の接続部分に「造出し(つくりだし)」という突出部が取りつくこと、墳丘の規模は全長約55mにおよび、墳丘のまわりには周溝がめぐることなど、詳細な情報が得られました。墳丘の大半は後世に土取り等で破壊されて残っていなかったのですが、幸いにも、周溝の中からは多量の埴輪が出土したのです。この人物埴輪もその際に出土した埴輪の一つでした。(写真1)
■埴輪を観察する
 調査当時子供だった私は、当然ながら供養塚古墳の発掘調査には参加していないので、調査中のエピソード等のお話はできません。でも、縁あって就職後に出土資料の整理調査と報告書の作成作業を担当することになり、この人物埴輪とあらためて向き合うことになりました(以下、親しみをこめて、この人物埴輪をこの「人」と呼ばせてもらいます)。埴輪の状況を正確に記録するために図面を作成しましたが、その作業のなかで、この埴輪をじっくり観察できたのです。
■いくつかの特徴
 その結果まず気づいたのは、この「人」は男性だということ。そう判断したのは、両耳の前に粘土のはがれた痕跡が残っており、本来そこには「みずら」を表現した粘土が貼り付けられていたとわかったからでした。ちなみに「みずら」とは古墳時代の男性に特有の髪型の特徴で、長髪を左右にわけ、耳付近で束ねた部分のことです。
 つぎに、この「人」は腰から下が円筒状となっていて、半身像である点にも着目されました。人物埴輪には、両足を表現した全身像と両足の表現を省略した半身像、さらに両足を折り曲げて座った座像の存在が知られています。このうち、全身像は社会的に高位にある男子に特徴的であり、半身像は社会的に下位階層の人々だとされています。となると、この「人」は古墳に葬られた首長等の高位の人ではなく、そうした首長に仕える人々の姿をかたどった可能性が高くなります。
 もう一つ注目されるのは、顔面-頬っぺたにヘラ等で描かれた複数の線。この顔面の線は入れ墨の表現だと考えられます。ちなみに、古墳時代で入れ墨を施すのは特定の職種の人々、ハヤト等の南九州に居住していた人々、刑罰として施された人々に限られます。

写真2 供養塚古墳(上空から)
写真2 供養塚古墳(上空から)


■見えてきたひととなり―「馬飼い」か
 となると、この「人」のひととなりについて、下位階層の男性で入れ墨を施すような特定の人々というところまで絞り込めてきます。
 さらに参考になったのは、従来の研究で、こうした条件に合致する男性半身像の具体像の一つとして「馬曳き」・「馬飼い」等と呼ばれる人々が想定されていることでした。これら「馬飼い」形埴輪は、多くの場合、馬形埴輪とセットになり、馬のそばで片手をあげ、馬の鼻からつづく手綱を手に持ち、主人の乗るべき馬を連れていく姿が表現されています。供養塚古墳のこの「人」の場合、残念ながら両腕が失われているので、片手をあげていたかどうかは不明です。でも馬形埴輪は複数が近くで出土していましたので、確定まではいかないものの、この「人」が「馬飼い」であった可能性が高いと考えるにいたりました。
 ちなみに、供養塚古墳では、この「人」以外にも、女性や「相撲をとる男性」をはじめ、複数の人物埴輪や馬形埴輪、さまざまな形象埴輪(人物・動物・家・器物などを象った具象的な埴輪)等が配置されていたようです。これらの埴輪群は、人物埴輪の配置事例として滋賀県内でもっとも内容が豊富な数少ない事例ですし、いままで具体的な様相があまりわからなかった人物埴輪等の埴輪を配置しはじめた頃の事例として、全国的にみても貴重な資料だといえます。
■この「人」に会うために
 この「人」に興味をもっていただき、会いたいと思われた方のために、どこに行けば会えるのかお知らせしておきましょう。普段、この「人」は滋賀県立安土城考古博物館の常設展示室の古墳時代・埴輪コーナーにいます(一緒に出土した馬形埴輪と並んでいます)。思ったよりも小ぶりなので、お分かりづらいかもしれませんが、展示品のなかからぜひ探してみてください。
■周辺のおすすめポイント
 また埴輪が出土した供養塚古墳は、滋賀県指定史跡に指定されて現地で保存されており、見学できます。近くには、地元の千僧供地区の方々が地元の歴史を後世に伝えるために運営されている千僧供地域歴史資料館があって、供養塚古墳出土遺物をはじめ、千僧供古墳群にかかわる文化財・資料が多数展示されています。ただし、開館は毎週日曜日のみで事前予約が必要です(ホームページで「千僧供地域歴史資料館」を検索し、専用フォームから申し込んでください)。
(辻川哲朗)

◇◇供養塚古墳出土の人物埴輪は、2022(R.4)年夏から秋の当協会の展示『滋賀をてらした珠玉の逸品-スコップと歩んだ発掘50年史-』で滋賀県埋蔵文化財センター1Fロビーにて展示されます。会期:7月23日(土)~11月18日(金)(土日祝休館・7/23~9/4の期間は無休)。ぜひ見に来てください。

【参考文献】
辻川哲朗(20)「2-10.滋賀県史跡千僧供古墳群」『緊急雇用特別交付金事業に伴う出土文化財管理業務報告書』滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会
塚田良道(2007)『人物埴輪の文化史的研究』雄山閣
藤川智之(1988)「酒巻14号墳の「馬曳き」人物埴輪の検討」『酒巻古墳群』行田市教育委員会

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