記事を探す
硯と墨と運平筆

オススメの逸品

調査員のおすすめの逸品148 墨と筆は時代遅れ? いいえ、学芸員には必需品です!

高島市
硯と墨と運平筆
硯と墨と運平筆

現代の社会は、パソコンやスマホなどでの文字入力が主流となり、筆どころか筆記用具を用いて文字を書くこと自体が少なくなってしまいました。そのような中にあって、私のような古文書・歴史資料を専門とする学芸員は、どちらかというと墨や筆を用いる機会が多い職種と思われます。
資料のご所蔵者への手紙などに用いることもありますが、何といっても墨と筆がないと始まらない仕事が、古文書などの資料調査です。大量の資料を調査研究するためには、まずそれらを内容や形態などによって分類し整理する必要があります。資料1点1点を個別識別するためには、掛軸などなら付け札をくくりつけることもできますが、それができない古文書に用いられるのがラベルです。図書館の本などに貼られているシール式のラベルを思い浮かべる人も多いと思いますが、古い時代から伝わる古文書には、今後の保存に悪影響を与える可能性のある「異物」をつけるわけにはいきません。洋紙のラベル、貼ったら簡単に剥がれないシールの糊、滲んで溶け出す化学製品のインク-いずれも不適切です。そこで用いられるのが、和紙のラベル、古くから使われている小麦粉澱粉糊、そして墨であり、記入するための筆記用具が筆です。
墨は、製品化して売られている「墨汁」ではなく、煤を膠で固める昔からの製法で作られた固形の墨を磨って用います。墨で書いた文字は乾くと固まり、その後は水に濡れても滲んだり他の物に色が移ったりしないので、安心して文化財に貼るラベルに使えます。

第14代雲平作「天平筆」
第14代雲平作「天平筆」

筆もいろいろで、文房具屋さんやスーパーマーケットなどでも手に入りますが、私が愛用しているのは、筆師・藤野雲平さんが作る「雲平筆」です。初代「藤野雲平」が元和年間(1615~24)に京都で筆工を営んで以来、約400年のあいだ、筆作りの技が歴代の「雲平」によって伝えられてきたそうです。特に平成11年に亡くなった先代の第14代雲平翁は、その優れた技が認められ、昭和41年に滋賀県無形文化財に認定されました。また、翁が奈良時代の大仏開眼供養に使われた筆を、中国唐代に淵源を持つ「巻筆」と呼ばれる技法を復活させて作成した「雀頭筆」は、昭和54年に正倉院に納められ、同じ技法で作られた筆が、当館にも収蔵されています。
そんな貴重な雲平筆ですが、工房兼店舗である攀桂堂(高島市安曇川町)の店先に並ぶ筆は、一般に使うものは、さほど高価な値はついていません。ラベルに墨書するための小型の筆なら、そんなに奮発しなくても、購入することができます。ちょうど師走の時期ですから、皆さんもお正月の年賀状を、墨を磨って雲平筆で毛筆書きしてみてはいかがでしょうか。

参考文献 藤野雲平翁追悼文集刊行会『筆師藤野雲平』(平成12年 攀桂堂発行)

(高木叙子)

Page Top