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オススメの逸品

調査員オススメの逸品 第229回 ―戦国時代の花器―

近江八幡市

平成29年(2017年)に全国の映画館で上映された「花戦さ」は、豊臣秀吉と同時代に活躍した初代池坊専好(生年不詳~1621年没)が主人公でした。実際、天下人となった豊臣秀吉が毛利輝元や前田利家などの大名邸を訪れた際には、座敷飾りとして立派な花が飾られ、それを立てたのは池坊専好たちだったようです。

①安土城跡出土黄瀬戸(滋賀県教育委員会蔵)
①安土城跡出土黄瀬戸(滋賀県教育委員会蔵)

当時用いられた花器の中で、高級品とされたのは銅器や輸入陶磁器でした。これらは貴重品として大切に伝世されたためか、立派な花器が遺跡から出土することは比較的少ないのですが、織田信長が築いた安土城跡の発掘調査においては、花を立てるのに使用されたと考えられる大型の陶器が出土しています。安土城天主台南西の通称「二の丸東溜り」で出土した遺物で、釉を黄色く発色させる技法から「黄瀬戸」と呼ばれる美濃国(現在の岐阜県南部)産の陶器です。直径7.7cmの筒の上に、口径32.5cmの皿のような部分が取り付けられた特殊な器形で、高さは47.7cmあります。底部が小さく不安定なため、別の器に差し込んで使用されたものと考えられますが、他に類例が乏しく、特注品として制作された器であることは間違いないでしょう。現代のいけばなでは、薄く作られた口縁部が広がった「薄端(うすばた)」と呼ばれる種類の花器がありますが、その系譜につながる花器であろうと推定されています。ただし、現在使用される薄端は、一般的には金属製のものです。この陶器は、安土城考古博物館で常設展示していますので、ご来館の際には是非ご覧ください。

②安土城考古博物館での黄瀬戸展示状況
②安土城考古博物館での黄瀬戸展示状況

安土城考古博物館では、平成29年5月20日(土)から7月2日(日)までの期間、第2常設展示室の一角を利用して「戦国時代の花器」という特別陳列を行いました。発案者であり展示担当者であった私に華道に関する知識がまったく乏しいこともあり、不充分な内容だったと反省する点も多いのですが、滋賀県内出土の考古資料から花器を抽出して展示するという試みは、これまで例のなかったものだと思います。その中で、私が今から約30年前に発掘した資料も展示しました。近江八幡市後川遺跡の出土資料2点です。灰釉を施した古瀬戸と、表面が黒く燻された瓦質土器の花瓶で、古瀬戸は鎌倉時代、瓦質土器は戦国時代の製品です。瓦質土器は軟質の土器であるため表面に模様を刻みやすく、また金属器に近い色合いを持つことから、近畿地方で出土する戦国時代の花器の中で、比較的よく見られる種類の土器です。

③後川遺跡出土の花器 (滋賀県教育委員会蔵)
③後川遺跡出土の花器 (滋賀県教育委員会蔵)

一方の古瀬戸も、中世の国産陶器の中で最も美しく釉薬された陶器であることから、瓦質土器よりも早い時期に花器として好まれたようです。なお、信楽焼では当時まだ花器の生産は一般的でなかったようで、当該時期の出土資料は確認できませんでした。
織田信長などの戦国大名が茶を好んだことは良く知られており、城跡の発掘調査出土品の中に含まれる茶道具は注目される機会が多いのですが、これからは花器についても注目してください。

田井中洋介

《参考文献》
日本華道社編集部『いけばな池坊歴史読本』株式会社日本華道社 2016年
木戸雅寿「安土城と立て花―正親町天皇の安土行幸にあたって―」『淡海文化財論叢』第二輯 淡海文化財論叢刊行会 2007年
『特別史跡安土城跡発掘調査報告10 主郭西面・搦手道湖辺部の調査』滋賀県教育委員会 2000年
『長命寺川(蛇砂川)中小河川改修工事関連埋蔵文化財調査報告書2 金剛寺・後川遺跡発掘調査報告書Ⅱ』滋賀県教育委員会・財団法人滋賀県文化財保護協会 1990年

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