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調査員オススメの逸品第166回 「糊」は「買う」のでなくて「作る」もの -文化財で使う糊-

その他
写真1 沈糊粉と馬毛製の糊漉・愛用の篦
写真1 沈糊粉と馬毛製の糊漉・愛用の篦

第148話で、古文書や文化財に貼る和紙のラベルには、墨と筆で文字を書くというお話をしました。長い年月を生きぬき、これからも伝えていかなければならない古文書に、後の保存に悪影響を与える「異物」を付けてはいけないからなのですが、そのラベルを貼る糊ももちろん、安全なものでなくてはなりません。
私たちが日常生活で使っているスティック糊やゴム糊・セメダインなどの化学糊は、文化財への安全性に問題がある上、一度貼ると簡単に剥がせませんし、うまく剥がせても表面に糊がこびりつきます。粘着力があるのに簡単に剥がれ、しかも有害物質は入っていない-そんな夢のような糊は、実は昔から、掛軸などの表具の際に用いられていたのです。小麦粉澱粉から作られる糊で、しっかりくっついていても、湿り気を与えると簡単に剥がすことができます。
ただしこの糊は、製品としてお店で売っているわけではありません。専門の技術者の方は一から作りますが、素人が同じようにするのはたいへんです。比較的簡単に作れる原料として、小麦粉を精製して乾燥させた「生麩糊(しょうふのり)」、別名「沈糊(じんのり)」の粉が専門のお店で売っているで、私はこれを買ってきて作っています。
まず水と沈糊粉を鍋に入れ、弱火にかけて糊の粘りけが出てくるまで、木べらなどで泡立てないようにして絶えずかき回します。量にもよりますが、少ない場合でも30分以上はかかります。できた糊は十分に冷ましたあと、専用の糊漉しなどで漉して完成です。使う際は、これを水で溶いて適当な濃度に薄めます。

写真2 炊き終えた大量の糊(@大寒)
写真2 炊き終えた大量の糊(@大寒)

この糊は、保存料は全く入っていない「生もの」で、しかも冷蔵すると粘着力が落ちるため、作って数日で黴が生え、使えなくなってしまいます。作り溜めできたらどんなにいいかと思いますが、やはり文化財を守るのに簡単な道はないようで、相変わらず必要になるたびに、手間をかけて糊を作っています。
表具にはこの糊(「新糊」)の他に、「古糊」という糊も使われます。これは、新糊を大寒(1月下旬)の日に作って甕に入れ、水を張って蓋をして冷暗所に保管。もちろん表面にはさまざまな黴が生えてきますが、年に一回これを取り除いて水を張り替え、10年間熟成させて接着力とコシを弱めて作られます。表具の際は、新糊と古糊を合わせたり使い分けたりして、100年以上保つしなやかな状態を作り出しているのです。
私も若い頃、古糊を作ろうとチャレンジしたことがありました。その時は、深い考えもなく糊の上に水道水を張ったところ、水道水には塩素などの殺菌成分が入っていますから、生えるべき黴が生えません。結局腐ってしまい、仕方なく廃棄しました。今度は湧き水を使って作り直そうと思いながら、そのまま今に至っているというお恥ずかしい次第です。
(高木叙子)

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