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椿神社鳥居

新近江名所図会

新近江名所圖会 第167回 椿神社・御館前遺跡

近江八幡市
(近江八幡市千僧供町)
椿神社鳥居
椿神社鳥居

今回は、第72回で紹介した「生命の泉-明神池-」のおすすめPointで取り上げた椿神社にスポットをあてます。社伝によると、椿神社は長和5年(1016)に大津市坂本にある日吉山王(日吉大社)の上七社のひとつ、樹下神社(十禅師)を勧請して、この地に創建されました。このような由来から、明治期以前は「十禅師権現」と呼ばれていました。神社の神門(しんもん)は昭和57年(1982)に滋賀県指定有形文化財に指定されていますが、その建築様式は門柱の前後に控柱を2本ずつ、左右合わせて4本立てた四脚門と呼ばれるものです。その形態から室町時代後期頃のものと考えられ、当時の門の様式を今に伝える貴重なものです。

椿神社神門
椿神社神門

現在の神門は切妻造りの桟瓦葺で、扉は失われていますが、大きさは桁行3.64m・梁間2.99mと、四脚門としては平均的な大きさです。しかし、軒の高さは約4mと、通常よりかなり背が高いです。この神門の前には、明神池の説明で取り上げた四分四分二分を表す際目(さいめ:土地の境界)石が敷かれています。四分四分二分の考えは、千僧供・岩倉・馬淵の3集落の安定と繁栄を祈念した共同の祭礼として、現在でも毎年5月に馬淵郷の祭礼として馬見岡神社で行われています。

椿神社本殿
椿神社本殿

現在では見ることはできませんが、椿神社周辺は御館前(みたちまえ)遺跡として周知されています。椿神社の北約50mでは、南北の地割りにのった大型の掘立柱建物群と、それを取り囲む堀や塀が見つかっています。その中には、桁行5間(15m)・梁間3間(6m)・柱穴の大きさ1.3m・柱に相当する部分の直径0.6mの大型建物があり、また出土した遺物に「西殿」「大」と書かれた墨書土器や円面硯・緑釉陶器・灰釉陶器などがあります。これら一般の集落とは違った様相を示す状況から、御館前遺跡は周辺の勧学院遺跡・観音堂遺跡・柿ノ町遺跡も含めて、古代の蒲生郡衙の有力な候補地と考えられています。

椿神社説明板
椿神社説明板

おすすめPoint

神門説明板
神門説明板

滋賀県指定有形文化財に指定されている神門をじっくり観察してください。門の前に滋賀県教育委員会が設置した説明板がありますので、それを参照しながら室町時代の四脚門の建築を味わってください。さらに門から視線を下に移すと、左右の狛犬の間に四分四分二分を表す際目石があります。由来がわからなければ何気ない石のように思われますが、由来を知ってこうした石を見てみるのも良いでしょう。

周辺のおすすめ情報

椿神社の東約230mには、墳丘は残っていませんが千僧供古墳群のトギス古墳があり、表示板が立てられています。そのさらに東約220mには馬見岡神社があります。馬見岡神社の背後にそびえる長福寺山には中世の山城跡である長福寺城があります。馬見岡神社前の県道14号を北に約400m進むと、左手(西方)約50mに小さな高まりが見えます。これが千僧供古墳群中最大の円墳である十蓮坊古墳です。そのほか、椿神社の北約300mには、近江八幡市千僧供地域歴史資料館があります。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線近江八幡駅南口より近江バス北畑口行きまたは長峰集会所行き、岩倉下車、徒歩5分(約430m)
【自家用車】 名神高速道路竜王IC下車、北へ約20分、駐車場無し

(中村健二)

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