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新近江名所図会

新近江名所圖会 第28回 「安土城址」標石-近代の安土城跡整備と徳富蘇峰-

近江八幡市
近江八幡市安土町下豊浦
「安土城址」標石(大手道口)
「安土城址」標石(大手道口)

特別史跡安土城跡の入口に立つ「安土城址」という標石は、そのユーモラスで独特な文字が人の気を引くのか、誰の筆跡かを尋ねる電話が時おり安土城 考古博物館にかかってきます。答は徳富蘇峰(1863~1957)。明治・大正・昭和と日本の近現代史を生き抜いた、日本を代表する文筆家・歴史家・評論家 です。あまり知られてはいませんが、蘇峰が標石を揮毫した背景には、織田信長と安土城跡を介した深い人間関係が存在していました。
ジャーナリストとして活躍していた徳富蘇峰は、大正7年(1918)7月より、代表作となる大著『近世日本国民史』の連載を「国民新聞」紙面で開始します。その直前、蘇峰は巻頭で扱う織田信長ゆかりの安土城跡を来訪するのですが、この時、案内役を滋賀県知事から命じられたのが、現在の米原市大野木に生ま れ当時県内で多くの質の高い郡志・町志を編纂していた中川泉三(1869~1939)でした。安土城跡で、泉三は蘇峰に、摠見寺住職である松岡範宗(1870~19 53)を紹介したようです。

詩碑背面(泉三による陰記)
詩碑背面(泉三による陰記)
徳富蘇峰詩碑
徳富蘇峰詩碑
徳富蘇峰碑位置図
徳富蘇峰碑位置図

範宗は近代における摠見寺の中興とも称される人物で、城跡の整備や摠見寺の修理・改築を積極的に行いますが、その活動の中心となる安土保勝会を、同 年四月に発足させていました。泉三や蘇峰はその後、その事業に様々な協力をしていきます。大正15年に安土城跡が国の史蹟に指定されたことを契機に始まった城内整備事業では、城跡の大手道口と百々橋口・東裏門口に史蹟名を記した標石が立てられましたが、範宗はその文字の揮毫を蘇峰に依頼したのです。 摠見寺には今も、刻字の元になった蘇峰の墨蹟が残されています。
3基の標石は右図の位置に変わらぬ姿でたたずんでいますが、東裏門口の標石(3)だけは付近が立入禁止となっているため、県道の北腰越から遠望することしかできません。

おすすめPoint

徳富蘇峰(左)と中川泉三(右) (章斎文庫蔵写真より)
徳富蘇峰(左)と中川泉三(右) (章斎文庫蔵写真より)

蘇峰と泉三そして範宗の交流は、それぞれの生涯が終わるときまで続きます。
範宗が城跡整備を精力的に行った目的の一つは、昭和8年(1933)に信長350回遠忌大法要を盛大に開催することだったのですが、大法要の記念講演会では徳富蘇峰も講師を務めています。
また、蘇峰の文筆活動を支援する全国組織「蘇峰会」の滋賀支部は、摠見寺内に置かれることになり、泉三も発起人に加わっているようです。昭和13年に開かれた発会式の際には、これに合わせて作られた「信長公詩碑」の除幕式が行われました。これは蘇峰が詠んだ信長を讃える漢詩を刻んだ石碑で、裏面には泉三が 詩碑建立の経緯を記しています。この詩碑は安土城跡の伝織田信忠邸跡に建てられました。現地には、この詩碑がどういった所縁のものなのかが全く記されていないので顧みる人もいませんが、近代の安土城跡の形を作り上げた三人を偲ぶことのできるもう一つの記念碑に気づかないのは、もったいないことだと思います。

周辺のおすすめ情報

安土城考古博物館
安土城考古博物館

平成の時代に入って安土城跡は再び調査・整備され、現在は信長時代の遺構が復元された史跡公園として公開されています(入山料は大人500円)。現地で実物大の遺構や石垣、180メートルまっすぐに延びた異例ともいえる大手道を楽しむだけでも価値は充分ありますが、城跡散策をより充実させたものにするためにも、登城前に、近くにある滋賀県立安土城考古博物館を訪れることをお勧めします(常設展入館料は通常で大人400円。企画展・特別陳列開催時は450円)。
博物館の第2常設展示室入口には、安土城の300分の1の城跡模型があり、城山全体を見渡すことができます。長大な大手道や各郭・石垣などがどのように配置されていたのか、信長の頃の城山の周囲がどうなっていたのかを頭に入れてから登ると、城跡をより深く理解することが出来ます。展示室には発掘調査で安土城跡から出土した金箔瓦や鯱瓦、土器などや安土城天主の復元案、信長や家臣などの関係資料が展示されています。博物館を出る際に、受付に頼んで安土城跡のパンフレット(無料)をもらうこともお忘れなく。

アクセス

【公共交通機関】JR琵琶湖線安土駅から徒歩25分。駅前のレンタサイクルを利用すると便利
【自家用車】名神高速道路竜王ICから40分、駐車場あり


より大きな地図で 新近江名所図絵 第1回~第50回 を表示

(高木 叙子)

<参考資料>
・中川泉三没後70年記念展実行委員会編2009『史学は死学にあらず』サンライズ出版
・※中川泉三が編纂した自治体史には、『近江坂田郡志』(1913年)・『近江蒲生郡志』(1922年)・『近江栗太郡志』(1926年)・『近江愛智郡志』(1929年)などがあります。

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