
オススメの逸品
調査員のおすすめの逸品 No.3 トラウマの無文銀銭
それからが大変でした、記者発表、試掘調査から本格調査への切り替え、しかも、矢板囲いによる陸化調査は部分的にしかできないという制約のため、潜水による面調査の実施という前来未聞の発掘調査を行う羽目になってしまいました。
調査の結果はご存じの方も多いと思いますが、壬申の乱の舞台となった7世紀の「勢多橋」の橋脚基礎遺構が2基、これに続く時期の橋脚も多数見つかるという、その年の全国発掘調査ベスト10に入る大発見となりました。
本格調査の結果、この無文銀銭は7世紀の勢多橋の橋脚基礎の中に含まれていたことが明らかとなりました。まさに、勢多橋遺構発見の端緒となった遺物だったのです。
発掘調査終了後、私が調査した橋脚遺構は浚渫工事と共に、全て破壊されてしまいました。当時の私は、調査することに追われ、かつ調査成果に興奮し、この遺跡(文化財)が「消えてしまう」ということを深く考えていませんでした。
その後、人事異動により埋蔵文化財の保存調整に携わるようになり、改めて自分が調査した「唐橋遺跡」を考えたとき、「あの時、『文化財』の価値を少しでも理解していたら、「これを現地で残すための工夫なり主張ができたのではないか」という思いにさいなまされるようになりました。この無文銀銭は、無為に、唐橋遺跡の破壊を許してしまったことへのトラウマであり、同時に、私を埋蔵文化財の保存に駆り立てる原動力でもあるのです。
この無文銀銭は、滋賀県立琵琶湖博物館の常設展示室に展示されています。
(大沼芳幸)
参考資料
『唐橋遺跡』瀬田川浚渫工事関連埋蔵文化財発掘調査報告書Ⅱ 滋賀県教育委員会・公益財団法人滋賀県文化財保護協会1993年
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